第56話 どっちの道。
えっ。でも。
別に柚乃とそういうのじゃないし。
それに俺は柚乃にフラれた男だもん。
あいつが何を勘違いしてるのか分からないけど、別に追いかける理由もないだろう。
「いや、別に。大丈夫だよ」
俺の言葉を聞くと、雫は首を傾げた。
「ふぅん。ならいいけれど」
俺はなんとなく後ろ髪を引かれながらも、雫と時間を過ごし、雫を家の前まで送った。
ドアの前に立つと、雫はぺこりとお辞儀をした。
「今日は、送ってくれてありがとう」
「いや。こちらこそ。じゃあ、また」
俺が背を向けると、雫に声をかけられた。
「あの……、寄っていかない?」
「え?」
俺が振り返ると、雫は言った。
「送ってもらったお礼っていうか……お茶くらい出すっていうか。実は相談事があるっていうか」
警戒心がなさすぎで、危なっかしい。
「あのな。相談なら別の機会で聞くし、俺が送り狼になったらどうするんだよ」
「……別にいいし」
ちょっと投げやりな雫の答えを、俺は意外に感じた。
「そういうのは、ちゃんと好きな人とだな……」
「わたし、別に光希君のことキライではないし」
そのとき、不意にドアが開いた。
雫は後ろを振り返ると、分かりやすくビクッと肩を上げた。
「ま、ママ!? 帰ってたの?」
ドアから顔を出した女性は答えた。
「そうだけど? 自分の家だし、そりゃあ帰るわよ。それよりも雫。その子は?」
女性は30代後半くらいで、黒髪の綺麗な人だった。雫とよく似ている。お母さんだろうか。
(綺麗な人だなぁ。雫も大人になったら、こんな感じになるんだろうか)
気づくと雫が俺をみて頬を膨らませていた。
「鼻の下のばしてる……」
雫はボソッと言った。
雫のお母さんらしい女性は、俺の顔を見て言った。
「その子、雫のカレ?」
雫は顔を真っ赤にして答えた。
首をぶんぶんと横に振っている。
「ち、違うっ」
……何もそんなに完全否定せんでもいいのに。
まあ、でも。たしかに、そうだ。
「あ、俺。雫さんを送ってきただけなんで」
そう言うと、俺は改めて身体を翻した。
背後からは2人の会話が聞こえてくる。
「ねっ。雫。あの子、カレ?」
「違うしっ」
「ふうん。ま、例の子とはタイプが違うもんねぇ?」
「そうそう。違う」
「じゃあ、お母さんがもらっていい? お母さん、ああ言う子、結構すきだよ」
「ダメに決まってるし。ママ、未成年相手に節操なさすぎ……」
2人の話し声が聞こえてくる。
家族仲は悪くないようで、少し安心した。
……それに、俺としても、あのママなら全然アリだと思う。
俺は帰り道を歩いて帰ることにした。
数駅だから、歩けないことはない。
歩道を抜け、大通りに出ると、誰かの視線を感じた。振り返ると、柚乃だった。
さっき、走ってどこかに行ったよな?
なんでここにいるんだろう。
柚乃はタタッと駆け寄ってきた。俺は怒られるのかと身構えていると、柚乃は俺の目の前に立ち、微かに笑った。
そして、俺の袖を掴んだ。
「みっくんと一緒に帰りたい」
みっくん。
七瀬にそう呼ばれた時には、強い拒否反応が出たのに、不思議とイヤではなかった。
俺も成長したってことかな。
柚乃は袖をもう一度ひっぱった。
「ねっ。いい……かな?」
「別に。俺ら家は同じ方向だし構わないけど」
そんなこんなで、2人で一緒に歩く。
大通りには大小の車が行き来していて、その度に、街路樹が影絵のように道路に映り込んでいる。
こうして改めて見ると、柚乃は、やはり可愛い。可愛い幼馴染。前俺のからすると、夢の設定だ。元飯塚君が好きだったのが分かる気がした。
「おまえ、ずっと待ってたの?」
「ぐ、偶然だし」
そうか。
店で柚乃とわかれてから1時間以上たつんだけど、すごい偶然だ。
「ふーん。ま、いいけど」
柚乃は膨れた。
「良くない。少しは気にして欲しい」
と、言われてもなあ。
正直、柚乃の幼馴染なのは元飯塚君だし。
俺にとっては、ここ数ヶ月の付き合いに過ぎない。
あ、そうだ。
話題もないし、前に気になったことでも聞いてみるか。
「おまえさ。好きなヤツとはどうなったの?」
「え?」
「だって、そういうのいるから元……俺のことふったんだろ?」
すると、柚乃は首をぶんぶんと振った。
「そんなのいないもん。あ、気になる人はいるか。でも、いないし!!」
なんだこいつ。支離滅裂すぎる。
「ま、別にどうでも、いいけど」
「だから、そういう言い方しないで欲しいの」
柚乃の語気は強かった。
「え?」
おれ、なんか怒らせるようなこと言ったかな。
同い年女子の幼馴染は、どうやら俺には理解不能な生物らしい。
俺が肩をすくめると、柚乃はキッと俺を睨んで言った。
「だからー、女の子として見て欲しいの!!」
柚乃は言いたいことを言うと、どこかに走って言ってしまった。
なんなんだ、あいつ。
ほんと、やれやれだぜ。