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第55話 雫の趣味

 

 バイトは初日ということもあり、大まかな流れを教えてもらった。しばらくは、在庫や書架の管理が俺の主な仕事になるようだった。


 雫が実地で教えてくれる。


 「読んだ後に適当な場所に戻されるのが一番困るんだよぉ」


 そんなことを言いながらも、雫は丁寧に教えてくれる。実は親切な子らしい。


 やってみて思ったのだが、本が重い。陳列でも力仕事だ。本屋というとインドアなイメージだったので、力仕事なのが意外だった。


 これなら、俺が役立てる場面もありそうだ。


 「雫は、本屋でバイトしたキッカケとかあるの?」


 俺が聞くと、雫はおどけた。


 「おいおい。いきなり呼び捨てかぁ?」


 「ごめん。いやだった?」


 「んー。呼び捨てを許すのは、未来の彼氏さんだけのつもりだったんだけどなあ」


 「ごめん、さんづけにするね」


 「いや、いいよ。男の子から呼び捨ての初めては、もうすでに奪われちゃったし? やめてもわたしの初めて戻ってこないし」


 雫は、べーっと舌を出して続けた。


 「それとも、彼氏さんになってくれるの? そうしたら色々と治癒される気がするし」


 「いや、雫、普通にモテるでしょ?」


 雫は首を横に振った。


 「全然、モテない」


 へぇ。

 可愛い子なのに、意外だ。

 雫が通う神蘭は女子高だからかな。


 こんな殆ど初対面みたいな子と突然に付き合ってみるのも、逆に新鮮かも知れない。可愛くて優しいことは確認済みだし、……いっちゃうか?


 いや、でも。

 七瀬もいるしな。


 すると、スマホが光った。

 花鈴からのメッセージだ。


 「おいっ!! エロ光希。他の女に欲情してるだろ?」


 し、してねーし

 まあ、返信は後でいいか。


 もしかして、そのへんにモグラ君がいるのか?

 しかし、探しても見当たらなかった。


 すると、続け様にメッセージがきた。


 「返信なきときは、既遂と判断しますっ。もう一生、他の女じゃ立たないように呪ってやるんだからっ」


 さりげに恐ろしい呪いをかけないで欲しい。

 ふっ。愛が重いぜ。


 そんな俺の様子に気づき、雫は首をかしげている。笑顔になると、続けた。


 「……って、冗談。わたし、そんな簡単じゃないし」


 どうやら、彼女は取り繕いたいらしい。


 「雫って、なんか印象違うよな。気さくっていうか」


 それは俺の正直な感想だった。

 初対面では、すごく小慣れてる印象だったのだ。


 「そうかなぁ。なんでだろう。光希君は家族と話してるみたいで、気軽っていうか」


 ふむ。

 どうやら、そもそも異性として認識されていないらしいぞ。


 俺が、たけり狂う野獣であることを思い知らせてやりたいところではあるが。


 すると、雫は手をパンと叩いた。


 「って、バイトの話をしないとね」   



 その日は、主に雫の仕事を見学して、あっという間に終わった。バイト初日は無事に終わり、俺が荷物を片付けていると、雫に話しかけられた。


 「光希くん。時間ある? 何か食べて帰らない?」


 雫に誘われて、俺はなんだか懐かしい気持ちになった。同僚と仕事後の食事とか、随分と久しぶりな気がする。


 雫の口元は少しこわばっているようだった。

 俺が答えに迷っていると、雫は続けた。


 「あ、ごめん。おうちにご飯あるだろうし、迷惑だったよね……」


 「って、雫の家は、家族は留守なの?」


 「うちのママ、仕事いそがしいし。いつもは何か買って帰るんだ」


 そっかあ。

 1人で食事は寂しいよな。


 花鈴がキレそうな気はしたが、俺もバイト上がりに何か食べたい気分だった。


 「うん。いいよ。じゃあ、雫の家の近くで食べよう」


 「ありがとう。もしかして、帰り道のこと心配してくれてるの? なにげに光希くん、紳士?」


 「いや、普通に何かあったら困るし。家まで送るよ」


 俺と雫は、夕方の並木をならんで歩く。

 すると、雫が俺を覗き込んで言った。


 「さっき聞かれたこと。わたしね。本が好きなんだ。特にラノベっていうのかな。寂しいときに読むと、寂しくなくなるっていうか」


 「おれは、ラノベは殆ど読んだことないけど。アニメは好きだったよ」


 雫は、意外にもアニメとラノベ大好きなサブカル女子だった。俺は掴みどころがなかった彼女に少し親近感を覚えたが、夢中で話すその熱量をみて思った。


 (可愛いのにモテない理由が分かった気がする)


 ……まあ、でも。

 俺が好きなアニメのことは、きっと雫は知らないし。世代が違すぎて共通の話題ができたわけでもないのかな。



 食事は雫の家の近くでファーストフードを食べた。俺がポテトをひたすら食べてると、雫が言った。


 「光希くん、そんなにポテト大好きなの? わたしのもあげよーか」


 「こんなに食べても胸焼けしないんだよ? 無尽蔵に食べてみたいなって」


 すると、雫は口を綻ばせた


 「光希くん、微妙におじさんっぽいよね」


 そうなの?

 ……なんか、みんなに同じようなことを言われているような。


 「違うし。17だし」


 俺が反論すると、雫はポテトを手に持って笑った。


 「あははっ。これ。あーん」


 女子高生の「あーん」だ!!

 俺は餌を待つ鯉のように口を開けた。



 ガタンっ。


 パクパクしていると、数席離れたテーブルで椅子を動かすような音が聞こえた。


 振り向くと、柚乃だった。


 「柚乃」


 柚乃は俺を睨みつけると、店を出て行ってしまった。


 雫は俺の方を見て言った。


 「……追いかけなくていいの?」

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