第54話 アルバイト
やばい。
金がない。
ちょっと花鈴の餌付けで出費しすぎた。
バイトしないとダメそうだ。
でも、どこでやろう。
頭を抱えていると、雫からメッセージがきた。
彼女は四宮 雫。
例の焼肉食べ放題ナンパで知り合った子だ。
翔じゃなくて、何故か俺の方に来た奇特な子だ。彼女は隣駅の神蘭女子校に通うのだが、お嬢様学校に通うだけあり、どことなく品がいい。
って、ずいぶん久しぶりだ。
危うく、存在を忘れちゃうところだったぞ。
俺はメッセージを開いた。
「お久しぶりです。雫です。突然のメッセージ失礼します」
……丁寧なんだが、微妙にDMっぽい。
俺の経験上、疎遠な女の子から突然に連絡が来た場合、まずロクな用事だった試しがない。
お金貸して、とか。
宗教入らない? とか。
友達の〜紹介して、とか、
仕事のノルマの手伝い(購入)して、とか。
あ、前にネズミ講もあったな。
思い返してみると、この手の誘いは、ひどい思い出の集合体だ。
「お久しぶりです、何か用ですか?」
返信すると、すぐに返事が来た。
「なんか、すごく警戒されてませんか? へんな勧誘されると思ってない? ネズミ講とか」
無駄に鋭いな……。
「いや、まさか。全然です」
「そっか。よかったぁ。それでね、光希くん、バイトやってみない? わたし本屋でバイトしてるんだけど、ペアの人が急に辞めちゃって。急募なんだ」
本屋かあ。
ちょうどバイト探してたし、願ったり叶ったりかも。
「やりたいかも」
「よかった!! 普通の募集でへんな人来ちゃったらイヤだなあと思ってたんだ。光希くんがやってくれるなら、すごく助かるよ」
次の週末、面接をしてくれるというので、雫のバイト先の本屋に行くことになった。
店は各ジャンルの本が一通り揃っていて、思ったよりも大きかった。一般的なスーパーくらいのサイズはあるだろうか。それとカフェが併設されていて、利用者は本を読みながらお茶を飲めるようだった。
本屋というと、もっとこじんまりしてるイメージだったが、いまは規模感がないと経営的に厳しいのだろう。
言われた通り、店舗の近くで雫にメッセージを送る。すると、エプロン姿の雫がお迎えに来てくれた。
久しぶりにみる雫は、黒髪ロングで前髪はパッツンまではいかないが揃っている。目が大きくて愛くるしい。身長は、花鈴より少し大きいが、小柄な部類だと思う。
まつ毛が長くて、胸はDカップくらいはありそうだ。俺が胸を凝視していると、視界に雫の顔が覗き込んできた。
「あのー。胸ばかりみないでくださいっ」
「ご、ごめん」
「あーっ、やっぱり見てたんだ。まあ、素直に謝ったのは宜しい」
……鋭い子だ。
バイトも紹介してくれたし、感謝しないとな。
さっそく店長が時間を作ってくれるらしく、廊下のようなところで待つ。
面接はいつ受けても緊張する、
俺は、頭の中で面接の作法を思い出して過ごすことにした。
ええと、たしか。
ノックは3回。部屋に勝手に入らない。話すときは明るくハッキリと相手の目をみて話す。
……これくらいしか思いつかない。
やばい。
面接なんて久しぶりすぎて、色々と忘れているっぽいぞ。
すると、部屋の中から声をかけられた。
「飯塚君」
「はい」
俺はノックを3回した。
「…………」
ん?
反応がないぞ。
ど、どうすればいいんだ?
勝手に入っていいのか?
こっちは初心者なんだから、イレギュラーは無理なんですが。
俺が戸惑っていると、追加で声をかけられた。
「飯塚君? いないの?」
「あ、すいません」
俺が部屋に入ると、細身のメガネの男性がいた。抑揚のないぼそぼそした口調で、話の内容が聞き取りづらい。
「君ね。よんだら、さっさと入ってこないと」
なんだよ、こいつ。
俺はノックしたのに、無視したの自分じゃん。
男性は机に視線を落としたまま続けた。
「んで、えっと、なにかある?」
……。
「なにか?」もなにも、まだ何も質問されてないんだが。むしろ、こっちがその質問をしたいくらいだ。
っていうか、ボソボソ話すし、目を合わせないし。大丈夫か? この人。
とりあえず、何か話さないと。
ってか、こいつ、なんて名前なんだ?
「あ、おれは飯塚っていいます。お名前お聞きしてもいいですか?」
男性は首元をポリポリと掻いて答えた。
「あー、僕は大山。店長」
「は、はい。よろしくお願いします」
なんなんだ、この意味のない会話は……。
店長は面倒くさそうに、俺を一瞥した。
「ん、じゃあ、いいよ、面談は終わりってことで」
おわり?
この面接、やった意味あんのか?
「は、はい。で、俺は採用されるんですか?」
「いいよって言ったよね?」
おいっ。
その意味が分からないから聞いてるんだろうが。って、初っ端から目をつけられたくないし、無難に答えとこ。
きっと、たぶん。
採用なんだろう。
「あ、ありがとうございます……」
「じゃ、明日の夕方からね」
おれ都合とか聞かれてないんだけど……。
こういう人いるよね。
面倒臭いのか分からないけど、言葉が短すぎて、何言ってるか分からない人。
かくして、俺の面接は終わった。
かなり不安を感じるが、雫の紹介だし頑張ろう。
部屋を出ると、雫がいた。
「面接はどうだった?」
「あ、大丈夫だったよ」
「よかったぁ!!」
雫は笑顔でピースサインをした。
あれ。
この子、こんな顔するんだ。
ちょっと、かわいいかも。