第50話 夢見の少女②
「ああ、いま行くから」
一輝と通学路を歩く。
目の前にいる一輝は、俺の記憶にある彼と同じで、陽気で野球に夢中な一輝だった。
「よっ。飯塚!!」
何人かに声をかけられたが、皆、前俺時代の友人達だった。どいつもこいつも、懐かしい。
すると、一輝がこっちを見た。
「おまえさ。なんか変だぜ?」
「……わりい。なんでもない」
親友と歩く通学路は、思った以上に普通で。
20年以上ぶりとは思えなかった。
いくつか、分かったことがある。
ここは、前俺の世界に準じている。
だが、時代は今俺の現在。
つまり、2024年なのだ。
人間関係等は、ほぼ前俺の記憶どおりだが、細かいところで異なる。まず、一輝に妹がいる。前俺の一輝には妹はいなかった。
そして、今日は7月16日。
一輝が倒れる約1週間前だ。
だから、俺がうまくやれれば、一輝の死を回避できるかも知れない。
「なぁ。一輝。地区予選の決勝で休んだりできないのか? あ、投球制限は? 500球だっけ」
「投球制限? なにそれ。投球をセーブするとか……あり得ないだろ。俺ら、このために毎日練習してきたんだぜ? どのチームも投手は連戦でも死に物狂いで投げてるんだ。ここ一週間で手ぇ抜いてどうすんのよ」
「いや、お前。連戦で疲れてるだろ? 決勝の日は猛暑だし、せめて、前半は他のヤツに投げてもらうとか」
すると、一輝はタタッと軽快なステップで花壇に乗った。
「誰がバテてるって? 絶好調だっつーの。それに、今日は肌寒いくらいだぜ?」
たしかに、一輝は顔色もよくて元気なのだ。
だから、あの日、誰も一輝を止められなかった。
学校で普通に過ごして、いたずらに日にちが過ぎていく。そして、一輝は準決勝では、180球近くを投げた。前俺の時と同じだ。
どうしよう。
もう時間がない。
『……会えるよ。ボク、きみと歳が離れても好きだから』
花鈴はあのとき、そう言っていた。
俺が会えないかもって言ったら、花鈴は兄の話をしだしたんだ。
花鈴の名字は山本。
一輝の名字も山本。
一輝の妹が花鈴で、ほぼ間違いない。
花鈴なら助けてくれるかも知れない。
それになにより、花鈴に会いたい。
放課後。
俺は一輝の家に走った。
インターフォンを鳴らす。
一輝の家は共働きだ。
だから、今は妹が1人でいるはず。
「あの。どなたですか……」
(花鈴の声だ!!)
「あの、おれ。お母さんの親友の光希っていいます。どうしても用事があって。出てきてくれませんか?」
ガチャ……。
30秒ほどして、ドアが開いた。
「あの。どんな用事ですか? ボク、自分で親友とかいう人、初めてみたんですけれど……」
セーラー服の少女。
花鈴だった。
数時間ぶりなのに、何十年かぶりに会った気分だ。
俺は思わず、抱きついた。
「花鈴、会いたかったよ!!」
すると、花鈴は俺を押し戻した。
「ひ、ひぃっ。変態っ!! しねっ!!」
バチンッッ!!
俺はビンタされた。
左頬を押さえる俺を睨みつけると、花鈴はすごい勢いでドアを閉めた。
花鈴は同じ顔だったが、目が青くなかった。
あと、心なしか肌の色も少し違ったような。
(また俺を好きになってくれるって言ってたのに……、花鈴の嘘つき)
俺は絶望的な気持ちになって家路についた。
そこから、数日。
俺は何をすればいいか、誰に頼ればいいか分からなかった。
一輝には何度も休養するよう頼んだが、聞き入れてくれなかった。
俺が心配しているのを理解はしてくれたらしいが……。
「じゃあ、決勝に勝ったら投球減らすからさ。将来のメジャーリーガーが、こんなとこで肩壊せないし」
そう言って、取り合ってくれなかった。
将来もなにも。
決勝で投げ切ったら、お前にはそんな将来は来ないんだぞ。
結局、俺は何もできずに一週間が過ぎた。
決勝戦の朝。
玄関ドアを開けると、熱気が家に流れ込んできた。
蝉が、みんみんと鳴いている。
そして、決勝戦。
一輝は、前と同じ。
193球を投げたところで倒れた。
一輝はぴくりとも動かない。
すぐに様子がおかしいと気づいたチームメートが駆け寄る。試合は中断され、会場がざわついた。
……俺は、何をやってるんだ。
その様子は、どこか実感が沸かなくて、テレビ中継を見ているようだった。
……はぁ。
なんとなく横を見ると、数席離れたところに花鈴が居た。口を押さえて、嗚咽をもらしている。目には涙をためていた。
……俺は、何をやってるんだ。
何もできずに、花鈴に兄を失わせてしまった。
頭がクラクラする。
俺も脱水だろうか。気持ちが悪い。
…………。
……。
目を開けると、見慣れた天井が見えた。
あれ? 家?
なんで? 試合は?
俺は机の上のカレンダーを見た。
7月16日。一輝が亡くなる一週間前だ。
俺はまた戻ってきたらしい。




