第47話 衝撃の合唱会
帰りの電車に乗っていると、絢香からメッセージがきた。
「光希くんのおかげで、陸とまた話せるようになりました」
「よかったな」
きっと……このあと、『実は、わたし、陸と付き合うことになりました。さようなら』とか言われるのだ。お決まりの展開だ。
俺がそんな想像をしていると、すぐに絢香から返信がきた。
「それで、次はいつ遊びにいこうか♡」
「え? 陸に何か言われなかったの?」
「何も言われてないです。仲直りできて良かったって言いながら、帰って行ったかな」
陸……。
俺のこと嫌いと宣言した時の勢いはどうしたんだっ!! とんだシャイボーイだぜ。
「そか。でも、ほら。この気持ちは今日だけって……」
「好きな気持ちが1日だけで終わるわけない。きっと、明日はもっと好き♡」
俺は忘れていた。
人の絆は脆いけど、絆を結びたいという願いは強靭なのだ。
んー。ちょっと疲れた。
絢香のことは、あとで考えることにしよう。
家に帰ると、花鈴はいなかった。
てっきりブチギレて、噛みつかれると思ったのに。
家に両親もいない。
(飯でも食いにいったのかな)
「ただいまあ」
ドアを開けると、部屋はまっく……。
ん? 何かロウソクに火が灯ってる。
次の瞬間、俺の顔は何かに覆われた。
ちゅーっ。
キスされた……。
目を開けると、花鈴だった。
目に涙が溜まってる。
鼻は赤くて、可愛い顔が台無しだ。
花鈴は舌を入れてきた。
しばらく、何度も舌を入れてくると、花鈴は顔を離した。
従姉妹とキスしてしまった。やや凹む。
よくある実は血縁じゃありませんでした、ではない。思いっきり血縁だ。
でも、花鈴とのキスはミントのかおりで、ちょっとだけチョコの味がした。
「はあっ、はあっ。……光希が浮気者だから、ボクのものに取り戻すんだっ」
「へ?」
「だって。巨乳女と遊びに行って、「ちゅっ」って聞こえたもんっ。キスしたに決まってるっ!! えーん……ひっく」
花鈴は目を擦って、子供みたいな泣き方をした。
絢香の額にキスをした音だけを聞いて勘違いしたのか。
「おまえな。音だけで、見てないだろ?」
「仕方ないじゃん。ボクの使い魔モグラくんは目が悪いんだから」
「あのな。おでこだよ。額にキスしただけ」
「え? そうなの?」
「そうそう。そんな気にすることは……」
「むむっ。でも、いや。おでこでもイヤだし!!」
気づいてしまったか。
そんな鋭いと、チョロ枠ヒロイン失格になっちゃうぞ?
「つか、そもそも、お前が事態をややこしくしたんだろ!! おまえ、空をなんて言って振ったんだよ」
「そうだな……、このこわっぱが!! ボクと付き合おうなんて、10000年早いわ!! 顔見て出直せ。そもそもお前には絢香がいるし。むりむりっ!!……と言った」
予想以上にかましてるな。
「おいおい。想定以上にお前のせいだぞ!! つか、お前、陸の誤爆よりひどいぞ…… なんでそんな酷いこと言うんだよ」
「ボクは光希だけいればいいのに、まるでボクが空を好きみたいに言われて、不愉快だったんだもん。仕方ないじゃん」
そう言われると、ちょっと可愛い。
「おまえさ。ファースト•キスなのに、あんな野盗みたいなのでいいの? もっと雰囲気ってものがだな……ちょっとそこに座れ」
可哀想だ。
やり直そう。
花鈴は俺の前に正座をした。
俺は髪の毛を撫でて、花鈴の頬にふれると、チュっと、軽くキスをした。
花鈴はボソッと言った。
「……舌は入れてくれないの?」
「ファースト•キスで、そんなデロデロなこと普通はしないから。軽くても、気持ちはあるから」
花鈴のむくれた頬が見える。
「……どんな気持ちをこめたの?」
俺は頭を掻いた。
「そんなの察しろよ」
「光希、前にどや顔で、想いは言葉にしないと伝わらない、とか言ってたくせに」
「そういえば、そんなこともあったな」
花鈴は自分の両頬を両掌で包み込むようにした。
「……でも。すっごいすっごい嬉しい。ひっく……」
あーあ。
花鈴、また泣いちゃったよ。
その翌週、合唱会は無事に終わった。
一件落着だ。よかった。
え?
それだけなの?って?
この淡白な感想には理由がある。
……実は、俺は弾かなかったのだ。
発端は陸だ。
「おれ、飯塚さん大嫌いなんで、アイツが弾くなら、俺、出ないんで!!」
そして、その陸の主張が他の男子にも波及し、反:飯塚光希の一大ムーブメントが起きたのだ。
収拾がつかなくなり、あえなく俺は伴奏者をクビ。
じゃあ、誰が伴奏するんだって話なのだが、1年の誰かが、シャレオツ焼肉店での七瀬のピアノを聴いていたらしく、「可愛くて性格がいい七瀬先輩に頼みましょう!!」と言い出した。
七瀬は俺のために引き受けてくれ、合唱会では、完璧な伴奏をしてくれたのだ。
でもさ、でも。
ちょっと悲しい。
「はぁ……」
すると、ことり先生が肩をポンポンとしてくれた。
「えへへ。……なんだか、ごめんね。このあとの打ち上げには誘うからねっ」
ふんっ。
おれは今、いじけているのだ。
そんな俺が、わざわざ傷に塩を塗られる場所に行くわけがない。
「……おれ、行きませんから!!」
すると、花鈴に背中を突かれた。
「……ボクもいかないから」
俺は知っている。
こいつも、反:飯塚ムーブメントの中心にいたのだ。
とんだ裏切り者めっ!!
だから、俺は喜んだりしない。
俺は言った。
「いや、お前はいけよ!!」