表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/60

第46話 ファースト•キス?


 絢香の唇が近づいてくる。


 この子、初めてなのかな。


 唇が震えてる。

 きっと、そうだよな。


 俺にとっては、キスなんてさほどのことではないけれど、この子にとってファースト•キスは……、きっと特別なものだよな。



 ちゅ。


 俺は絢香の額にキスをした。


 「えっ……」


 絢香は目をまん丸にして額を押さえた。


 「やっぱ、わたしなんかイヤ?」


 俺は首を振った。


 (キスよりも、その肉感的なボディに興味があるなんて言ったら、台無しだよな)


 「額のキスじゃイヤ?」


 絢香は、ぶんぶんと首を横に振った。


 「そんなことない」   


 俺は絢香の手を握った。


 「今日は帰ろうか。キスしたらきっと、気持ちが膨れ上がって、最後までしたくなっちゃうと思うし。今日だけじゃ済まなくなっちゃうよ」


 (ご無沙汰歴長いからね、この性衝動はキスだけじゃ止まらん。ふふっ)


 絢香は笑った。


 「はい♡ 可愛い下着、次もつけてきた方がいいですか?」


 次もあるのか。


 「そだな。むしろ、毎回お願いっ!!」


 俺は手を合わせた。


 「ふふっ。みつきくんって、時々、おじさんっぽいっていうか、お父さんと話してるみたい」


 「中身おっさんで悪かったな」


 「ううん。イヤじゃないよ。大切にしてくれるし……、たまにキザで可愛いし♡」


 俺は絢香の手を引いて立たせた。


 桟橋のへりを歩くと、かもめの鳴き声と波の音が交互に聞こえてくる。穏やかな時間だ。


 なんだか、俺も良い思い出ができたよ。


 暗くなってしまったので、絢香の家の前まで送ることにした。家の前につくと、玄関脇の街灯のあたりに、ふらりと人影が見えた。


 絢香は俺にしがみついた。


 人影はどんどん大きくなって、街灯のあかりに照らされた。


 陸だった。


 陸は絢香と目が合うなり、頭を下げた。


 「ごめん、絢香ちゃん。おれ、どっかで調子にのってたんだと思う。ごめん……、ほんとは、傷つけるつもりなんてなかったんだよ。ごめん」


 絢香は腕を組もうとしたが、やめて、陸に頭を上げさせた。


 「事情を説明して」


 「うん。ひどいこと言ったのは事実だし、取り消せないって分かってる。でも、あの時、ある男子が絢香ちゃんのこと噂するようになって。ほんとは、俺が絢香ちゃんを守らないといけないのに、ハブられるの怖くてさ。そいつと違うこと言えなくて。卑怯なやつでごめん」


 それを聞くと、絢香は悲しそうな顔をした。



 ……同調圧力。


 前俺の会社でこんなことがあった。


 ある後輩(仮名A)が上司に目をつけられた。

 その上司は、元々好き嫌いがある人だったが、そいつとは特に馬が合わないらしく、事あるごとに「無能」、「やる気がない」と、Aの人格を否定し、責め立てた。


 Aは普通の社員だ。モチベの塊ではなかったが、姿勢は他の社員と変わらなかった。しかし、責められているうちに、彼は萎縮し、ミスを多発するようになった。


 そして、同僚にも煙たがられるようになり、いつしか彼の周りは敵だらけになった。周囲も彼を「無能」、「やる気がない」などと批判するようになったのだ。


 こうして、同調圧力は、やがてバイアス(偏見)になった。


 そんなある日、ある女性社員が、Aに「気色悪い」と言った。


 次の日、彼は自殺未遂をした。


 管理責任を問われた上司は飛ばされたが、Aが会社に戻ることはなかった。もしかしたら、社会という仕組みに戻れなくなってしまったのかもしれない。


 しばらく経った頃、彼を中傷した女性社員と個人的に話す機会があった。すると、彼女は「皆んなでAに酷いことをしてしまった」と泣いたのだ。


 そのとき俺は、「どの口が言うんだ」と思うと同時に、集団心理……集団同調性バイアスの怖さを目の当たりにした気がした。


 俺自身はAの話を聞いたり、パワハラ委員会に相談するよう助言したが、自ら通報したり、上司に楯突いたりはできなかった。だから、俺も彼らと変わらない。


 さて……。


 そらは意図した訳じゃないのかもしれない。だが、彼と違うことを言えば「ノリの悪いヤツ」という烙印を押すような雰囲気を作り出したのだろう。


 同調圧力は、怖い。

 圧力下に置かれている者にとっては、抗えない強力な呪縛だ。


 そして、良心の呵責から目を背けるために、やがて、対象の欠点を粗探しして、自分も主体的に悪口を言うようになる。


 陸の話を聞き終わると、絢香は言った。


 「それ、言い出したの空くんだよね? わたし彼のこと好きだったんだ。それが誰かから伝わっちゃったみたい。わたし、こんなだからさ。なんだか遠ざけられるようになっちゃった。だから、きっと、陰口もそのせいじゃないかな。でも、それならそうと、言ってくれたら良かったのに」


 陸の目から涙がこぼれ落ちた。


 「ごめん、俺も絢香ちゃんが好きだって知ってたから、空が言ったって知ったら、絢香ちゃんが余計に傷つくと思って。どう言えば良いか分からないし、俺が悪いのは事実だし」


 絢香は陸の手を握った。


 「そうか。わたしこそ、陸の話をちゃんと聞いてあげられなくてゴメン」


 「俺の方こそ、なんか逆ギレしてごめん」


 さて、俺の役目は終わったようだ。

 帰ろうとすると、陸に声をかけられた。


 (さては、感謝でもされるのかな?)



 「あの。今回は俺のために動いてくれたの頭では分かってます。でも、俺は、あんたのやり方ムカつくし、あんたのこと大嫌いなんで」


 ……。


 だって、のんびりやってたら、合唱会に間に合わないじゃない……。


 まあ、あれだ。

 俺は、めでたく後輩に嫌われたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ