第40話 泥棒猫の光希
すると、陸は言った。
「そんなことしたら、あんたが3年でもタダじゃおかないんで」
ふーん。
敵意剥き出しだ。そんなにイヤなのか。
幼馴染だから?
それとも……。
「あの、おれ部活あるんで。もういいですか?」
そう言うと陸は出ていってしまった。
「ことり。あれさ……」
すると、先生は頬をフグのようにぷーっと膨らましていた。
「光希くん? 絢香さんのこと、そういう目でみてたんですね。たしかに、わたしより胸大きいし、挟めそうだもんね!! もうしらない」
やばい。
へんなことになってるぞ。
「いや、ちょっとカマかけただけですよ」
「どういうこと?」
「少なくとも、陸くんは絢香ちゃんを嫌いではないということです」
先生は手をポンと叩いた。
「集団的バイアスだねっ!!」
ここにもバイアス信者がいたか。
「ん。それは分かりませんけど」
とりあえず、男子の勢力図を把握する必要がある。花鈴の話を聞きたい。
「んじゃあ、俺、帰りますんで」
立ち上がると、袖を摘まれた。
「あのね。うちに遊びに来ない?」
いや、先生の家、反対方向だし。
「いや、おれは……」
先生の目は潤んでいた。
不安そうで、まるで、俺の答えを怖がっているようだ。
先生は小声で言った。
「あのね。光希が好きって言ってたから、ハンバーグ作ってあげようと思って、昨日から準備しておいたの。だから……」
不安そうに俺を見上げる。
「うーん……」
昨日から仕込みって。今日、俺を遊びに誘うつもりだったのか。
「わたしのことイヤ?」
いや。むしろ逆なんだけど。
好みだから、ヤバいのだ。
先生の家に遊びにいったら、俺のやり直しが2ヶ月にしてゴールインしてしまいそうだし。
すると、先生は俯いた。
「ごめんね。こんな30近い年上女に言われても、迷惑なだけだよね」
いや。だから。
そう言うことじゃないんだって。
……これ以上、恥をかかせられないか。
「わかりました。ご馳走になります」
「よかった♡ 放課後、残業放置で帰るから、ウチの前で待ってて」
俺たち生徒のためにも、残業は放置しないで欲しい。それに、家の前で待ち合わせって、誰かに見られたら、先生がヤバいんじゃないの? それとも、それだけの覚悟があるってことか?
「先生。家の前だと、誰かに見られるかもだし。先生、マズイんじゃ?」
「あ、そうだね。んじゃあ、これ家の鍵。先に入って待ってて」
どうやら、何も考えていないだけだったらしい。そして、余計な気遣いで、事態を悪化させてしまった。
とりあえず、俺はカバンを取りに自分のクラスに戻ることにした。高1と高3は棟が違うので、グラウンドの脇を抜けるのが近道だ。
グラウンドの脇を通ると、サッカー部が練習していた。掛け声とスパイクの地面を蹴る音が交互に聞こえる。
「よっ。これから帰り? ことりちゃんの話はどうだった?」
俺に気づいたらしく、翔がこちらに駆けてきた。
「よう。練習はいいのか?」
翔はニカッとした。
爽やかすぎるぜ。俺が女に転生してたら、きっとお前に惚れてたぜ。
「ああ。いまは1年の模擬戦だからな。俺ら3年は、1年の面倒もみないと」
グラウンドを見ると、翔達より一回り小さい選手たちが、元気に駆け回っていた。
その中に1人だけデカいのがいる。
あ、あれ。
陸じゃん。彼はサッカー部だったのか。
ってことは、翔に聞けば何か分かるのかな。
「1年の陸って子。どんなヤツなの?」
「んー。内気だけど、いいヤツだぜ。真面目だし。天才肌ではないけれど、努力家で、周りのこともよく見えてるし。でも、ちょっと勝負どころで度胸がなくてさ。一皮剥けたらバケると思うんだけど」
ふむ。お前は天才肌なのに、凡人のこともよく見えているんだな。奢ったところがなくて、すごいよ。
「陸って、陰口とか言う奴か?」
翔は笑った。
「ナイナイ。そもそも無口だし」
そっか。
陸が陰口の中心ではなさそうだ。
だったら、なんで弁明をしないのかな。
すると、ホイッスルが鳴って、翔が呼ばれた。
「んじゃあ、俺はそろそろ練習に戻るわ」
そういうと、翔は片腕をあげて、身体を翻した。
あっ。そうだ。
元飯塚くんからの伝言。
「翔。お前ならできる。がんばれ!!」
翔は振り返り、一瞬。不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「あぁ。当たり前!!」
たしかに、陸みたいなプレイヤーは、チームを勝たせる良い選手になるのかも知れない。でも、皆んなに夢を見せて笑顔にするのは、きっとお前みたいな選手なんだよ。
翔。