第4話 クレープ屋さんでもう一度。
財布を逆さまにすると、じゃらじゃらと硬貨の音がした。小銭入れのチャックを開けると、そこには、100円玉が1枚と10円玉が数枚しかなかった。
財布に金が入ってないのって、久しぶりだ。
学生以来かな。
なんだか少し新鮮かも。
でも、いまは、そんな感傷に浸っている場合じゃなさそうだ。
ここは素直に謝るか。
「わりぃ。ゆの。財布に金入ってなかった。帰ったら返すから、貸してくれない?」
すると、柚乃は小声になった。
頬には汗が伝っている。
「……わたしもお金持ってないんだけど」
「え、やばいじゃん」
「どうしよ」
すると、タイミング悪くうちらの順番が来た。
オーナーさんと思われる男性の店員さんが元気に声をかけてくれる。
「いらっしゃいませっ!! さて、どちらのクレープになさいますか??」
柚乃にツンツンされた。
どうやら、ここは俺が何とかしないといけないターンらしい。
「すいません。お金忘れちゃって……」
柚乃の方を見ると、俯いて耳まで真っ赤になっている。
ごめん。
気まずい思いをさせちゃってる。
それに、店員さんにも怒られるかな。
本当の俺より年下と思われる店員さんは、俺をチラッと見るとカウンターから出てきて、俺の背中をバンバンと叩いた。
「よう。少年!! 猫背になってるぜ? 可愛い彼女の前で格好つけたいよな?」
「は、はぁ……」
「そんな君に相談だ。実は当店……開店したばかりで、まだ広告がなくてな。仲睦まじい若いモデルを探していたところなんだ!! もし、モデルになってくれたら、スペシャルクレープ1ヶ月分、無償でご提供だ!! どうする?」
柚乃を見ると下をむいて、恥ずかしそうにしている。
確かに……、俺の金欠のせいで、さっきから注目の的だし、俺も恥ずかしい。
どうしよう。
針のむしろだ。断りたい。
そんな時、ふと、昔のことを思い出した。
あれは、紫乃とどこかの遊園地に行った時だっけ。ヒーローショーを観ていたら、舞台の上のヒーローが、なぜか俺を指名したのだ。
彼は恥ずかしいと身振り手振りで言った。
でも、正義のヒーローには伝わらなかった。
「そこの元青年の君っ!! 地球を守る手伝いをしてくれないか? 報酬は私とのツーショット写真だ。撮影はそこの彼女も、大歓迎。さて、どうする?」
まわりの観客たちの注目が集まり、舞台に上がりたがっている他の子供は泣き出した。
紫乃をみると「せっかくなんだから、やりなよ」とでも言いたげな目で俺をチラチラ見ていた。
でも、俺は……。
針のむしろのような状況に居た堪れなかった。
「いや、あっちの子供泣いてるし。俺はこういうの好きじゃないし」
そんな気弱な俺を見て君は、むくれてこう言ったっけ。
「そっか。……せっかく2人で来た初めての遊園地なのに、少し寂しいな」
そして紫乃と遊園地で記念写真を撮る機会は永遠に失われてしまった。写真が残っていたら良かったのに。
あの時、紫乃はどんな服を着ていたのだろう。どんなピアスをしていたのかな。
俺が断っちゃって、寂しそうな顔をしていたのかな。今では知る術はない。
だから、今日の俺はちょっと頑張りたい。
つとめて元気な声で答えた。
「……やりたいっす!! 柚乃。いいよな? クレープ食べ放題だって。よかったな!!」
すると、柚乃は意外そうな顔をして、目をいつもよりちょっとだけ大きく開くと、えくぼを作って笑った。
「……うんっ!!」
クレープ屋の店員さんが撮影用に大きなクレープを作ってくれた。そのクレープを2人で持って、椅子にならんで座る。
「あの。このクレープ、2人で1つなんですか?」
俺がそう聞くと、店員さんは元気に答えた。
「もちろん!! ラブラブカップルっていう設定だしな。じゃあ、2人で笑顔で。ハイ。ピースっ」
俺は柚乃と2人でクレープをもって、反対側から同時に食べた。すると、柚乃の頬に、景気良く生クリームがついた。でも、柚乃は笑顔で、カメラの方に向いた。
カシャッ。
店員さんは、すぐに写真をプリントしてくれてた。その写真の柚乃は、頬にたっぷり生クリームをつけて、幸せ一杯な笑顔だった。
ほんと良い笑顔。
あの時の遊園地。
紫乃も、こんな顔をしてくれていたのかな。
そうだといいな。