第39話 ある男子の言い分。
絢香は話が終わると、一礼をして出て行った。
ことり先生は俺の方を見て言った。
「どう思う?」
「うーん。あの巨乳……いいと思います」
「いや、そういう事じゃなくて」
「あ、すいません。具体的には、あの胸なら挟めそうなところとか」
「もう、意地悪言うと先生、泣いちゃうよ? それに、わたしだって挟めるし」
俺は先生のバストを見た。
たしかに、挟めそうな気はするが、少し圧力が足りなそうだ。それよりも先生のウリはヒップだろう。
……んっ?
『わたしだって挟めるし』って、挟んだことがあるっていうことか? 『挟んだことがある』と『挟めると思う』は天と地ほど違うのだが。どっちだろう。
って、なんだか俺はすごく嫉妬している。困ったな。先生を俺だけのモノにしたくなってしまいそうだ。
経験済みなのか確認したいが、新たな自分が目覚めてしまいそうなので、やめておこう。NTRに目覚めるには、まだ俺は若すぎる。
と、視線をあげると、先生は本当に半べそになっていた。
「……すいません。冗談です。先生はどう思いました?」
「ん。ひいきはいけないけど。ちょっと、いや……、随分と酷いと思う。たとえ、誤送信だとしても、言っていたことには変わらないと思うし」
たしかに、そうだよな。
誤爆だったとしても、その発言は事実だ。
でも、男同士の会話ならありそうな会話だし、女性同士でも、そうだろう。前飯塚の時も、きっと俺が知らなかっただけで、「前飯塚君。正直、デブで薄毛だよね」とか、普通に女子社員の裏トークで言われてそうだし。
トントン。
教室のドアがノックされ、1人の男子が入ってきた。
身長は180センチくらいありそうだが、ひょろっとしていて細い。少しおどおどしていて、内気そうな印象の男子だ。
正直、あんな中傷をする子には見えない。でも、それが出来てしまうのがSNSの怖いところなのだろうか。
いまは「ヤンキー」や「エリート金持ちの息子」のような、いかにもキャラ立ちしてる子じゃなくても、「普通の子」が簡単に加害者になってしまう。良くも悪くも、誰もが主人公になれる時代なのだ。
男子生徒が席につくと、先生は始めた。
「陸くん。絢香ちゃんにトークを見せてもらったんだけどね。あれ、どういうつもりなの? 酷いと思うよ?」
先生は完全に追求モードだ。
まあ、同性からしたらそうだよね。
陸は何も答えない。
でも、せっかく俺を同席させてくれてのだ。
俺も少しは働かないと。
「おれ、光希っていいます。陸くん。ちょっと聞きたいんだけど、あの発言って、君だけが言ってたの?」
陸は俯くと首を横に振った。
俺は続けた。
「そっか。それで話してるうちに誤爆ったんだ?」
陸は頷いた。
「はい。でも、言ったのは事実だし、言い訳はできないっていうか」
いやいや。そこは言い訳してくれよ。
陸は、俺とは目を合わせず床を見ている。口元に力が入った。
「あいつ、ルームを出たまま話、ぜんぜん聞いてくれないし、そのうち、俺もムカついてきちゃって」
それで、拗れて今の状態になったのか。
放置したことで、絢香が悲観バイアスに入って、より悪い方向にいったのだろうし、こうして俺のところまで、面倒な問題が波及しているのだ。
それにしても、バイアスって便利な言葉だと思う。日本語にすれば、偏見や先入観ということなのだろうが、ビジネスの場面でも、バイアスと言っておけばそれっぽく聞こえるし、頭にネクタイを巻いている新橋の酔っ払いですら、バイアスと言っておけば知的にみえる。
さて、陸はどうだろうか。
「陸くん。君は絢香ちゃんのことムカつく?」
すると、陸は立ちあがろうとした。
「そんなことない。幼馴染なのに、こんなことで終わっちゃうなんて。最悪」
その言葉は、陸の本心のようだった。
「絢香ちゃんのことを、最初に、その……デブって言い出したのは誰?」
「……」
答えようとしない。
友達を庇おうとしているのか、言いたくないのか。
俺は意地悪な質問をしてみることにした。
陸の耳元で小声で言った。
「きみ、絢香のこと好きなの?」
「……」
「嫌いなの?」
「いや、俺なんて相手にされてないし」
ふーん。
俺は笑いながら言った。
「じゃあ、もらっていい? あの巨乳。挟んだら凄そうだよな」
ふふっ。
俺はNTRじゃない。
むしろ、泥棒猫なのだ。