第36話 魔女巫女かりん。
家に戻りベッドでゴロゴロしていると、花鈴が神社から帰ってきた。
(きっと、へこんでいるんだろうな)
タタタッと階段を駆け上がる足音が聞こえる。
俺は心配だったが、無関心を装ってスマホをいじるフリをした。すると、予想に反して花鈴はご機嫌だった。
花鈴は、嬉しそうな顔で袴を広げた。
黒と紫でリボンのついた袴。
「光希。これ見て!! 桜良ママがくれたのっ!! 修行、よく頑張りましたねって」
これ、どうみてもネットで売ってるコスプレ用の袴だよなあ。
そう言いながら、花鈴は自然な動きで、棚の上に榊らしき葉っぱを飾って、コップに水を入れて頭を下げた。
すっかり巫女業に馴染んでいるらしい。
相変わらず、ちょろすぎる。
まぁ、でも。
あえて言うまい。
「なにか祈祷とか覚えたの?」
「安産祈願覚えた♡」
いや、ちょっとまて。
その前に他に覚えること色々とあるだろ。
祈願されても、俺は産めないぞ?
あ、そうだ。
気になっていることがあったんだ。
「花鈴の中学の友達に、藍紗ちゃんって子もいるんだよな? その子も巫女さんなの?」
すると、花鈴は頭を抱えてうずくまった。
ガタガタと震えている。どうやら、そっちの子もトラウマらしい。
「あ、あいつなんて友達じゃないっ。あいつに比べれば、桜良なんて女神様だよっ」
あれっ。お前、神様嫌いなんじゃなかったっけ? 巫女修行の成果で好きになったとか?
「ふーん。どんな風にひどいの?」
「あいつ、教会の娘なんだよっ。ぼ、ボクにシスター服きせて、懺悔室に閉じ込めるんだっ。「魔女やめます」って言うまで出してくれないんだっ」
虐待レベルの修行法らしい。
「そりゃあ、災難だったな。んで、やめますって言ったの?」
すると、花鈴は震えながら立ち上がった。片目を開いて左手でビクトリーサインをつくると、顎を上げて左目に添えた。指先は小刻みに震えている。
「ふ、ふはははっ。ボクは魔女っ!! 敵を欺き己の欲望を全うする純粋なる魔女っ!!」
んー。自分を魔女って連呼してる。
そろそろ、隠す気もなくなったのかな。
花鈴は続ける。
「だから言ってやった!!「今日で辞めます!!」ってな。アッサリあっけなく言ってやったさ!! ふふっ。そして、十字架を持たされて、なにやら聖水で髪の毛を洗われたが、あんなもの、どうってことないわっ!! ボクが改心したと簡単に騙されておったわ。間抜けなヤツら……め……」
そう言う花鈴は泣いていた。
そっか。フルコースで洗礼を受けたのね。
お気の毒に。
そういうと、花鈴は着替えだした。
俺は、いつものように反対を向く。
カーテンで仕切ろうと提案したのだが、花鈴に部屋が狭くなると反対された。
それはそうなんだけど。
年頃の女の子と同室はやっぱり気を使うし、やはり不便だ。
着替えが終わると、花鈴がモゾモゾとベッドに潜り込んできた。
「光希ぃ。さっそく巫女服きてみたよ。 ねぇねぇ、こっち見てよ♡」
花鈴の方をみると、巫女服がよく似合っていた。ヤバい、可愛い……。
なんでだろう。エンチャント•タコウィンナーは食べていないのに、ムラムラする。
キスしたい……。
「この中、下着きてないよ♡ ねっ。好きなトコの匂い嗅いでもいいよ?」
「じゃあ、ちょっとだけ……」
くんくん……。
脇のあたりをかぐと、甘い女の子の匂いがした。
やばい。頭がクラクラする。
すると、花鈴が小声で何か唱えていることに気づいた。
「掛も畏き 大神の 御前に 白さく 我家の妻 毎月の障りを 見る事なく 身重り來て……」
明らかに祝詞だ。
たしか花鈴は、安産祈願をおぼえたんだっけ……。なにやら身重とか言ってるし。
さすが魔女。
目的のためには手段を選ばず、覚えたことを早速、フル活用している。
安っぽいプライドなどないらしい。
恐ろしい……。
安産祈願って、百発百中でできちゃいそうだし。
……それにしても、長い祝詞だなぁ。
今夜は、花鈴ともっと話したい気分だったのだけれど。5分くらい待っていたのだが、念入りにしているらしく、いつまでたっても終わらない。なんだか眠くなってしまった。
明日も早いし、祝詞に夢中な魔女巫女は放置して寝ようかな。
(おやすみ。花鈴)