第35話 鳥居の中は雪でした。
七瀬の方をみると、目尻にたまった涙がこぼれ落ちた。
「どうした? 七瀬」
「ん。いや。……うん。すごく会いたい人に会えたの」
七瀬は分厚い本を抱いていた。
「それは?」
「その人にもらった。これを渡さなくてごめんねって」
「そっか。よかったな」
花鈴は七瀬に抱きついた。
七瀬の胸に顔を押し付けている。
「七瀬。よかったよぉ」
花鈴は、七瀬が戻れたことが心底嬉しいようだった。俺としても、その様子は見ていて微笑ましい。
「おまえら、なにげに仲がいいよな」
花鈴は目をこすりながら言った。
「な、仲が良い訳ないだろっ。て、天敵だから。居ないと寂しいっていうか」
ふーん。居ないと寂しい天敵か。
大好きな天敵が多すぎて大変そうだな。
七瀬も花畑に飛ばされたのだろうか。
「俺は花畑が見えたけれど、七瀬は何が見えた?」
七瀬は、目を瞑ると口を綻ばせた。
「どこかの外国みたいな森。雪が積もってて、薪の暖炉のある小さな小屋……。紅茶と暖炉の心落ち着くいい匂い」
鳥居の中の世界は、人ごとに違うらしい。
あそこは心象世界なのだろうか。
俺の場合は、花畑で数十分の経験だったが、七瀬はどこかの森で、数ヶ月分の経験をしたらしい。
現実世界での数分が、向こうの数ヶ月。
にわかには信じがたい話だが、俺の存在自体が超常現象みたいなものだし。きっと、七瀬のいう通りなのだろう。
「その小屋でね。魔女さんに会って、色々と魔法のことを教えてもらったよ。テレビもスマホもないから、話すことしかやることがなくて。ずっと一緒にいて、いつも頭を撫でてくれて、抱きしめてくれた。雪が音もなく降る森の中で、幸せだった」
花鈴は背伸びをして、七瀬の頭を撫でている。
森の魔女さんのつもりなのだろうか。
七瀬は、花鈴に微笑みかけると続けた。
「最後にね。魔女さんが、この本を渡してくれて、アタシの名前の由来を教えてくれたんだ。美しく幸せな子になりますようにだって。別れ際にね。「一緒にいれなくてゴメンね」って言われたよ」
そう言う七瀬は上を向いていた。その表情は、ここに来る前とは明らかに違うようだった。魔女は誰だったのであろうか。きっと、七瀬のことを大切に思っている人なのだろう。
「そっかあ。よかったな。ほんと。それで、肝心の力の制御方法は分かったのか?」
「うん。たぶん。基本の基本だけ教えてもらえたよ。後のは、小さな魔女と共に学べだって」
そうか。よかった。
んじゃあ、帰ろうか。
七瀬と花鈴の手を握る。
すると、花鈴の手は、神社の方へググッと引っ張られた。
「んじゃあ、花鈴は研修の続きをしよっか?」
桜良の優しげな声が聞こえた。
「光希ー。ボクを助けてぇ」
助けを求める花鈴の声は悲しげだ。
桜良から聞いたところによると、花鈴は巫女研修の途中で逃げ出したらしかった。
ほぼ全ての過程は終わっていて、最後の検定を残すだけだったらしい。だが、研修最終日に「検定に受かったら、本物の巫女になってしまう……」なんて言って、泣きながら逃げ出したらしかった。
桜良がいうには「花鈴、研修でも楽しそうにやってたし、魔女巫女になればいいのにね?♡」とのことだった。
俺も同感だ。
魔女巫女カフェとかやったら繁盛しそう。
だから、心を鬼にして、七瀬と一緒に手を振って、旅立つ花鈴を見送ることにした。
「光希、ボク、神の子にされちゃう。たすけてぇぇぇ」
頑張れよ。花鈴。
次に会うときは、魔女巫女の花鈴ちゃん爆誕だな。