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第30話 また焼肉かよ。

 

 「焼肉食べ放題、予約しといたから」


 翔はらこちらに振り返ると、そう言った。


 え……。また焼き肉かよ。

 主役はお前じゃない。これは女子の誕生日会なんだぞ?


 翔は得意げに続けた。


 「ふ。七瀬のためにオシャンティーな店にしといたからよ」


 オシャンティーって、翔は何時代の人間だよ。


 俺は七瀬に謝った。


 「わるい。幹事の人選を間違えたかも」


 七瀬はそんなことは気にする様子もなく、心配そうに俺の首のあたりに触れた。


 「さっきは、アタシのせいでごめん。痛くなかった?」


 「ぜんぜん。それよりも、なんかごめんな。俺も翔みたいに強かったら良かったんだけど、喧嘩苦手なんだわ」


 「そんなことない。カッコよかったもん。それより、あの男の話……」


 その先は、大体想像がついた。

 あえて誕生日にさせる話ではない。


 「いいよ、別に。無理にしたい話じゃないだろ?」


 すると、七瀬は首を横に振った。


 「光希に聞いて欲しいの。一番好きな人に、一番知られるのが怖い話を聞いてもらいたいの。ビクビクするのを終わりにしたいの」


 「わかった」


 翔達から少し距離をおくと、七瀬に話を促した。


 「あのね。あの男の話、大体、本当なんだ。アタシ、いじめられてたじゃん? そのうち、全部が面倒になってさ。学校、休みがちだったんだ。それで、あいつらに声かけられて……」


 七瀬の手を握ると、氷のように冷たかった。


 「あんなヤツでも、アタシのこと必要としてくれているような気がして。つい、求められるままにしちゃったの。それでね。ほんとに快楽のままにしてた。あいつの言う通りなんだ。アタシ、最低。こんなのひくよね?」


 俺は七瀬を抱きしめた。


 前俺の経験値もあるし、その手の人間強度は高いのだ。そんなことでは全然ひかないぞ。

 

 「ひく訳ないじゃん。七瀬のこと、変わらず大切だよ。あの時、困ったら俺が助けてやるって言っただろ? 俺こそごめんな」


 あの時、そのセリフを言ったのは元飯塚君だが、嘘も方便だろう。それにしても、俺、この世界にきてから嘘をつきまくってるような。いつかバチがあたるかな。


 「うん。でも、アタシのこと汚く感じない? 光希に生理的に拒否されちゃうかもって思ったら、悲しくて。だから、さっきも、家で……アタシを遠ざけられなくなるように既成事実を作ってしまおうと思った。ごめんね。すごく後悔してるんだ」


 汚いなんてホントに1ミリも思ってないんだけどなぁ。


 その場しのぎでよければ、ラブホにでも連れ込んでエッチしちゃえば、手っ取り早く元気になってくれるんだろうけれど。今俺、童貞だし、そんなにお金ないし。


 それは無理そうだ。


 俺は七瀬を抱きしめる腕に力を入れると、髪の匂いを嗅いだ。


 「すっげーいい匂い。こんな子が不潔な訳ないじゃん?」


 「……いや、そういう意味じゃなくて」


 「え、違うの? 俺、バカだからわかんねーや。まあ、でも、七瀬のこと、すっごく大切だから、それは分かってほしいかな」


 七瀬は頷いた。顔を上げた七瀬は、少し血色がよくなってる気がした。


 「……うん。今後、光希以外と絶対エッチしないから♡ ……翔くん達のとこ行ってくるね!!」


 いや、そこまでしてくれとは言ってないんだが……。まだ付き合ってもないし。でも、元気になってくれたなら何より。


 すると、いつの間にか背後にいた花鈴が俺の袖を掴んだ。ゆらゆらとダークオーラを放っている。


 どうもご機嫌ナナメっぽい。

 花鈴はトーンの低い声で言った。


 「このセックス狂いのヤリチン。また女をたらし込んだ」


 ヤリチン……って。

 か、か、花鈴ちゃん。そんなはしたない言葉使っちゃダメ!! おにーちゃん泣いちゃうよ……。


 「って、不機嫌ついでで、俺に何か呪いとかかけてないよね?」


 「呪いなら、さっき、あのバカ男にかけたけど? 光希を殴ろうとするなんて、万死に値するし。だから、あいつに、チン先が赤く腫れて痛くなる呪いをかけた。ふふっ。」


 チン先って。

 ペン先みたいに言わないで……。


 それって性病になるってことか?

 なんて恐ろしい呪いなんだ……。 

 

 コイツをあまり怒らせないようにしとこ。


 店に入ると、たしかにオシャンティーだった。

 カフェのような店内で、ピアノまである。


 翔、否定してゴメン!!


 それにしても、あのピアノ。

 時々、演奏会とかあるのかな。


 店内に入ると、オーダーをするタイプの店だった。サラダとデザートはセルフらしい。 

 

 みんなで、お肉を食べながら、お祝いを伝える。ワイワイしながら食べるのは最高だ。  


 七瀬もニコニコしている。

 やはり、翔に頼んで良かった。


 楽しい時間はアッという間に過ぎ、お腹が落ち着いた頃、デザートコーナーで色々と寄せ集めて、皆でバースデーケーキを作った。


 そして、プレゼントを渡した。

 俺はさっき買ったリュックだ。


 渡すと、七瀬はすぐに背負って「かわいい」と言ってくれた。花鈴は、へんな葉っぱを渡している。


 あの葉っぱ、大丈夫か?  

 違法薬物とかじゃないよな? 

 ちょっと本気で心配なんだが。


 すると、スタッフさんがマイクをとった。

 

 「当店恒例、生演奏のお時間です!! ……当店の生演奏はお客様が主役です!! 名乗り出る勇者はいませんか? 最後まで演奏できたら、もれなく飲食代が無料の、さらに次回から使える、ご招待券つき。これはお得すぎるぅ!!!!」


 店内がザワつく。

 でも、ピアノが弾ける客はいないようだった。


 腕は問われないが、一曲を通して弾けないといけない。正直、それなりの経験がないと、ハードルが高いと思う。


 多分、無意識だと馬思うが、柚乃と翔が七瀬を見た。


 七瀬は震える指先を互いに擦ると、言った。


 「アタシ、今日。すっごく楽しかった。こんなの生まれて初めてかも。あのね。もし、招待券もらえたら、また皆でこれる……かな?」


 俺らが頷くと、七瀬は手を挙げた。


 他にライバルはいなかったので、七瀬が指名された。七瀬はピアノ椅子を調整すると、両手を鍵盤にそえた。


 ポーンと音が鳴る。

 最初はたどたどしかったが、すぐに滑らかになっていくのが分かった。


 誰もが一度は聴いたことがある曲。


 ショパン「幻想即興曲」

 即興曲第4番 嬰ハ短調 遺作 作品66


 紫乃がよく弾いていた曲だ。

 

 「これね。ショパン本人はボツにしようとした曲なんだよ。彼にとっては、駄作だったのかもしれないの」


 「へぇ。じゃあ、そんな曲を世に出されて、作曲者はイヤだったろうね」


 「でもね、それが世に出たおかげで、わたしたちは、今でもこの曲を聴くことができるんだよ。本人には価値がないものでも、他者を喜ばせることがある」


 「そんなもんかねぇ」


 「だって、本当にイヤで何の愛着もなかったら、楽譜もその場で自分で燃やしてるでしょ? 残したってことは、きっとそうなんだよ。それにね、これを世に出したのは、彼の親友君だったんだ。わたしは、それは裏切りじゃなくて、友情だったんじゃないかと思うの。そのおかげで、幻想即興曲は、いま、世界中のたくさんの人に愛されている。だから、友情だと思うんだ」


 そして、今。

 俺の目の前では、七瀬がその曲を弾いている。


 彼女の弾く音はキラキラしていて。

 辛いことがあっても、足掻きながら、必死にここまで生きてきた彼女の日々を聞かされているようだった。


 ずっとピアノに無関心だったら暗譜しているハズがない。弾けなかったとしても、何度も何度も目で追っていたのではないかと思う。


 彼女にとっては価値を失ってしまった演奏も、いま、こうして皆んなに感動を与えている。


 その様子は、まるで「ね? わたしの言った通りでしょ?」と紫乃に語り掛けられているような気がして、気づいたら、俺の目からは涙が出ていた。ほんと、今俺は涙腺が弱すぎる。

 

 演奏が終わると、喝采が上がった。


 七瀬は疲れてしまったらしく、アンコールはお辞儀をして辞退した。そして、こっちに戻ってくると、不安そうに俺の顔を見た。俺が泣いているのをみると、何故か七瀬も泣いた。


 「これね、子供の頃習っていたピアノの先生が好きな曲だったんだ。なんとなく、これを光希の前で弾かないといけない気がして。……これで、アタシも一歩、踏み出せそうだよ」


 七瀬は涙でコンタクトがズレてしまったらしく、コンタクトを一瞬、外した。


 隙間から見えたのは、真っ黒な瞳だった。


 「七瀬。その瞳……」


 「あ、これ? アタシの瞳、真っ黒すぎて髪色とも合わないし、普段はコンタクトつけてるんだよ」


 俺は七瀬を抱きしめた。


 「えっ? どうしたの?」


 七瀬はびっくりした様子で、俺の腕に触れた。


 なんでだろう。

 この子の中には、紫乃の何かが残っている気がして。


 とにかく、俺は嬉しかったんだ。

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