第3話 そして、外に出る。
次の瞬間、股間に激痛が走った。
「な、に、すんの、よぉ!!」
柚乃は思いっきり、俺の股間を蹴り上げた。
俺が股間を押さえてうずくまっていると、柚乃は立ち上がり、身を庇うように腕を組んだ。そして、俺を汚物を見るような目で見下ろして言った。
「このケダモノがっ。思い通りにならないからって、身体をどうにかしようなんて。さいてー!!」
「ご、ごめ……。君があまりに可愛くてさ」
「光希。きもっ!! なんだか言い訳もオジサンくさい」
しまった。
ついダンディ系言い訳になってしまった。
「いや、ほんとごめんよ」
柚乃は頬をぷーっと膨らますと、とげとげした口調で言った。
「まぁ、わたしの美貌を認識できた事は宜しい!! 今回だけ、仕方ないから許す!! そのかわり、わたしにクレープを捧げるように!! じゃ、さっさと出かけるよ」
そういうと、柚乃は俺の手を引いて駆け出した。2人でせわしなく靴を履いて、そのまま外に飛び出した。
ふわっと春の風が吹いて、2人で桜のトンネルを駆け抜ける。
……この感じ、紫乃といるみたいだ。
あいつも元気な時は、強引だったよなぁ。
気づいたら、柚乃が俺を見ていた。
「光希。なんで、そんな寂しい顔をしているの? ウチといるのに他の女の事を考えるとか、あり得ないし!!」
そして、柚乃は俺に頭突きをした。
視界に火花が散って、俺が額を押さえていると柚乃は言った。
「せっかく2人なのに、あり得ないし」
は?
お前、俺のこと振ったんだよな?
お前の方があり得ないんですけれど。
顔も性格も全然違う。
あ、傍若無人なところは少し似ているか。
でも、その後ろ姿が彼女を彷彿とさせて。
気づいたら、俺は、口からその言葉が出ていた。
「紫乃?」
すると、柚乃は俺の目を見つめて、微笑む。
ガンッ!!
また俺に頭突きをした。
鼻が痛い。押さえた手を離すと、掌が血だらけだった。
「ちょ、柚乃。鼻血でたんだけど!!」
すると、柚乃はフンッとむこうを向いた。
「紫乃って誰だよ。お前、昨日、ウチに告白したくせに、次の日に他の女の名前を呼ぶとか、あり得ないし!!」
え。
おれがフラれたのって、昨日なのか?
柚乃はツンツンした口調で続けた。
「光希。昨日、フラれてもずっと好きなのはお前だけだった言ったじゃん。嘘つきっ!!」
舌の根も乾かぬうちに違う女の名前で呼ぶのは、……さすがにマズイか。
どうやら、あり得ないのは俺だったらしい。
フラれた翌日にクレープを食べに行くことになった経緯は気になるが、とにかく俺が悪い。
「ほんとにごめん!!」
俺が謝ると、柚乃の声のトーンが落ちた。
「……こたえられないのはわたしだし、別にいいけど」
繋いでる手の温もりが気持ちいい。
2人で走りながら思った。
1人で部屋で飲んだくれているよりは、よっぽどマシか。
駅までいくと、クレープ屋に列ができていた。新装開店みたいで、大繁盛だ。
俺たちも最後尾に並ぶ。
「フレープぅ♡ 何たべよっか?」
柚乃は甘えた声を出した。どうやら柚乃のご機嫌もなおったらしい。良かった。
とりあえず、これ以上、刺激しないようにせねば。
「うーん。何でもいいよ」
俺がそう答えると、柚乃は少しだけ不機嫌になった。
「なにそれ。アンタのおごりなんだから、予算とかあるじゃん」
まじか。
俺はフラれたうえに、この子にクレープをご馳走することになっているらしい。
まぁ、クレープくらい高いもんじゃないし、別にいいけれど。
俺は、なんとなく財布を見た。
見覚えのある懐かしい財布。
……ん?
札がないぞ。
そうか。
これは高校時代の俺の財布なんだ!!
やばい。
……金がない。