第26話 柚乃とランチ。
いま、俺は花鈴にめっちゃ詰められている。
ことり先生の家から帰ったら、すっかり浮気の既遂扱いなのだ。花鈴は顔を真っ赤にして本気で泣いている。
なにやら、「ボクのでリセットする」とか言って、パンツを脱ぎはじめたぞ。
「ち、ちょっと待て!!」
「なにさ。開き直るつもり?」
「いや、今日のことり先生、明らかに変だったんだよ」
「浮気を相手のせいにするんだ?」
思い当たる原因は、あれしかない。
「いや、なんか参考書に変な壺の絵があってさ。それを擦ってから変だったんだよ」
花鈴の動きが止まった。
「へ、へぇ。そうなんだ……」
こいつ。明らかに怪しいぞ。
「注意書きみたいなのもあってさ。花鈴の字に似てたんだけど、心当たりない?」
「さあ?」
思いっきりあるようですね。
この人、あれだけ一方的に俺を責めたくせに、自分はとぼける気なのか?
「じゃあ、聞き方を変える。五芒星に壺の絵を描く魔術ってある?」
「……」
花鈴は音の出ない口笛を吹き始めたぞ。
「ないの? ふーん。知らないんだ。青がどうのとか言ってたけど、大したことないな」
「大したことあるし!!……隠蔽の魔術。物を隠すの」
やはりちょろい。
「ふぅーん。それで、お前は、何を隠したの?」
「……媚薬」
やはり。先生がおかしくなったのは、こいつのせいじゃないか!!
「つかさ。お前、なんでそんなもの持ってるの?」
「……だし」
花鈴は口ごもった。
「なに?」
「光希にボクのこと好きになって欲しかったの!!」
「いや、もとから好きだし。だから、媚薬とかやめてな?」
花鈴はまだ15歳だしな。
せめて16歳にはなって欲しい。花鈴の身体に悪影響がでたら困るし。
花鈴は頷いた。
「わかった。もうしない」
うんうん。
素直でよろしい。
花鈴はちょっとアホだけど、純粋天使だと思う。
今日は昼休みに柚乃とランチの約束をしている。うちの学校の学食は、生徒数は多いのに狭く、いつも人で溢れかえっているのだ。
だから、そんな時は、柚乃とは屋上で食べるのがお決まりだった。
いつもはパンを買うのだが、今日は花鈴のお弁当だ。あれからすごくヤキモチ焼きになってしまい、毎日、お弁当を持たされている。
なぜか、無駄に女の子っぽいキャラの弁当箱。
開けると、趣向が凝らされすぎていて、食欲がなくなる。
さて、階段を登ってドアをあける。
すると、ヒュオと風が吹き込んできて、少女がこちらを向いた。ツヤツヤした髪が風に揺れている。柚乃は、たしかに美人だ。
元飯塚君が好きだったのが、なんとなく分かる。
彼は、一目惚れかな?
もし、元飯塚君と話す機会があったら、聞いてみたい。
「光希。おそいっ。このパン、新商品なんだって。2つ買っといたから、一緒に食べよ♡」
「さんきゅ。あ、でも、悪い。おれ弁当持たされててさ。それ残すとヤバいんだわ。パンは放課後に食べるよ」
一瞬、柚乃の表情が曇った気がした。
「そっか。あ、大丈夫。わたし、お腹空いてるし。2つ食べるよ」
せっかく買ってくれたのに申し訳ない。
「いや、悪いし。せめて、お金払うから」
「だから、別にいいって!!」
柚乃は声を荒げた。
って、なにイラついてるんだよ。こいつ。
俺をフッた女に、そんなこと言われる意味が分からない。
ベンチに並んで座って、昼を食べる。
「ごめん」
柚乃も気まずいと思ったんだろうか。
謝られた。
俺が弁当を開けると、柚乃が覗き込んできた。
花鈴の弁当はすごい。
キャラ弁ならぬ、文字弁なのだ。
どういう仕組みかわからないが、その時に合わせて最適な嫌がらせの文字が仕込まれている。
さて、今日はなんで書いてあるかな。
どれどれ。
俺は読み上げた。
「隣の雌に発情するな。朝、2回もわたしとしたのに足りないの? ダーリン♡」
今日はかなりの長文だな。
2回、何したんだっけ。
あー、しりとりな。
花鈴が「モーニング花鈴しりとり」を開発したから試したいとかいって、朝から遊んだんだった。
恐ろしいシリトリで、文頭は「かりん」で始め、文末は「き」で終わらなければならない。しばりが半端ない。
色々、抵抗するのだが、結局、最後はネタがなくなって「花鈴、すき」と言わざるを得なくなる。今朝は「一回じゃたりない」とか言われ、2回シリトリで好きと言わされた。
こんなん、柚乃に説明しても馬鹿にされそうだな。さっさと、文字列を食べてしまおう。
俺が食べているのに、柚乃は全然食べていない。
「どした? やっぱ、体調悪いのか? あ、花鈴のメッセージで気を悪くした? ごめん。『雌』とか、ほんと口が悪いんだよ。あとで、厳しく言い聞かしとくから」
柚乃はむくれている。
なんなの、こいつ。
「朝から、そういうエッチなことしてるんだ」
あれ?
どうやら、雌呼ばわりに腹を立てている訳ではないらしい。
「は? お前。話きいてないの? だから、しりとりだって」
「あんたこそ、朝から好きとか言い合っちゃって。従姉妹なのに気持ち悪い」
俺はカチンときた。
きっと、大好きな妹を馬鹿にされるのって、こんな気持ちになのだろうか。
「言い合ってないし。つか、なんでお前に文句言われないといけないわけ? 別に俺が花鈴と何してようが、仮にセックスしてたとしても、お前には関係ないじゃん」
「それ、近親相姦だし。きもっ、きもきもきも」
近親相姦って……。
なんだか、怒りを通り越して、柚乃にガッカリしてしまった。
花鈴はちゃんと分かってくれてる。
「まだ15歳で身体ができてないし、発育に悪影響があるから、まだダメ」と言ったら、「16歳になったらOKってことか!?」とか言って、分かってくれたし。
そもそもだ。
俺をフッた相手に、なんで好き放題言われないといけないのか、意味不明すぎるし。
「そんな陰口をして、花鈴に悪いと思わないの?」
俺が文句をいうと、柚乃は立ち上がって、「バカ!!」と言って、下に降りていってしまった。