第25話 ことりの個人授業(後編)
「え。それって、どういう……」
先生の頬は赤い。
恥ずかしいのかな。
「2人の時は、名前で呼んで欲しいの」
「ことり……」
「みつき」
先生の唇が近づいてくる。
今度のは偶然じゃない。意図的な接近だ。
「こ、ことり。ちょっと、お、俺、トイレ」
俺は席を立ってトイレに駆け込んだ。
個室に入ると、特大のため息がでた。
つい、逃げ出してしまった。
ヤバかった。
あのままキスしてたら、たぶん最後までしてしまう。でも、さすがに、最後の一線は拒否されるかな。
それもこれも全部、翔のせいだ!!
翔が変なワードを俺に刷り込むから、変な雰囲気になったんだ。
翔のばーか、ばーか。
帰ったら文句いってやる。
でも、さっき頭痛しなかったよな。
この前、花鈴が言っていた。
「きちんと両想いの相手なら、呪いは発動しないよ?♡」
ってことは、先生も俺に好意を持ってくれているのかな……。だったら、一線を越えても拒否られないかも。
あの身体いいなあ。
性格も優しくて好みだし。
下を向くと、股間の若き獅子は臨戦体制になり、盛大に欲情していた。
そうだよな。
お前も期待しちなったよな。
すまん。
メンテしてやるから……。
俺は1人で獅子をなだめると、部屋に戻った。
はぁ。スッキリ。
これで大丈夫かな。
テーブルでは、先生が心配そうにしていた。
「トイレ長かったけど、体調悪くなっちゃった?」
もしかして、気まずい思いをさせちゃってるのかな。
「いや、全然大丈夫です。これからは、2人の時は、名前で呼んでもいいですか?」
先生は、なぜか前髪を直すと正座した。
「……はい。できれば、呼び捨てがいいかも」
なんだか、すごく可愛い。
こんな子を放置してるなんて、世の中の男どもは何をしてるんだ。実にけしからん!!
ま、前俺からしたら、この子はずっと年下だし、可愛く感じるのは、そのせいもあるのかも知れない。
さて、高校生らしく元気に返事をしようか。
「了解です!!」
俺が答えると、先生はニコリとした。
「じゃあ、わたしもトイレいこうかな。光希、ちゃんと問題しとくように」
問題しとくようにって、トイレに時間がかかるのかな。もしかして、先生も1人で?
……まさか。さすがにそれは無いか。
待ってる間、中学の問題を解いていると、覚えのない落書きを見つけた。ページ下の余白に「ここ、擦るの禁止」と書いてあって、五芒星と変な壺の絵が描いてある。禁止と言われれば、逆に、したくなるものだ。激しく擦ってみたが、何も起きない。
なんだよ!!
ただの落書きか。つまらん。
……それにしても、これ。花鈴の字に見えるんだが、気のせいかな。
5分ほどすると、先生が戻ってきた。
なぜか、真っ赤な顔をしている。
耳まで赤い。
「ことり、どうしたの? 顔が真っ赤だよ?」
「あ、あのね。トイレ入ったら、男の子の匂いがするの……」
「え、臭かったですか? すいません」
先生は首を左右に振った。
「その、あのね。男の子のせ、せ…っ」
「えっ?」
「せいしの匂い……」
あ、やばっ。
におったのか。
先生は正座している足を揉み手のように擦り合わせた。ボリュームのある太腿で裾がずり上がり、今にもスカートの中が見えそうだ。
「あのね。わたし、ずっとそういうのしてないから、嗅いでたら変な気分になっちゃって。つらいの……」
先生は、俺に頭から突撃してきた。
不器用な子だ。
甘えることに不慣れなんだろうな。
先生は、俺と見つめあうと目を閉じた。
口をすぼめている先生の期待を裏切って、俺は、あえて質問してみることにした。
「そういうのって?」
先生は口を尖らせた。
「いじわるしないでよぉ……好き合ってる子達がすること……だよ」
すると、先生のポケットから何かが落ちた。
「なにこれ?」
俺がその物体を拾い上げると、先生の顔がさらに真っ赤になった。
「か、かえしてぇ!!」
そう言われると、俄然、返したくなくなるのが人の性ってもんだ。
俺はそれを取り上げると、広げた。
「え?」
それはパンツだった。
しかも、股間の部分が、びっしょり濡れている。
「ことり、これって……」
「わあああ」
先生は俺の口を塞いだ。
「いや、だって、これ、濡れ……」
「だって、光希がいるから、洗濯カゴに入れられなくて……。しかたないでしょ? わたし、そういうことずっとしてないんだから。君と一緒にいるだけで、そうなっちゃったの……」
そっか。
ご無沙汰は辛いよな。
俺も紫乃が入院してから、10年以上のご無沙汰だ。だから、気持ちはよくわかる。
先生は、俺に抱きついてきた。
「わたし、このままだと頭おかしくなっちゃう。ねぇ。みつき、ちょうだい」
先生は、俺のベルトに手をかけようとした。
「いや、それはマズいっすよ」
先生の目はトロンとしていて、息遣いが荒い。
異常に興奮しているのが分かる。
「もう後のことなんて考えられない。わたしには、いま、君が必要なの」
いやいや。ダメでしょ。
未成年、しかも教え子に手を出したら、下手したら先生は教師を続けられなくなる。
先生はきっと後悔する。
そんなことはさせられない。
俺は先生の肩を押し戻した。
「ことりが俺を男として見てくれてるのが分かって嬉しいよ。俺もホントは、ことりとしたい」
先生は頷いた。
「うんうん、じゃあ……」
「でも、続きは俺が卒業してからにしませんか? このまましたら、ことりはきっと悲しむことになる。俺、大切な人に悲しい思いをさせたくないです」
先生は俺の方をみつめた。
「みつき。わたし、君のことス……になっちゃった……かも」
俺は、先生が全部を言い切る前に唇を押さえた。
「その続きは、俺が卒業してから聞かせてください」
先生は諦めてくれたが、一緒にいる間、ずっと俺に寄り添って手を握っていた。
勉強が終わり、帰り支度をすると、先生がすごく寂しそうな顔をした。
「ことり、どうしたの?」
「あのね……、わたしに幻滅しちゃったかなって心配で。その、さっきはエッチすぎたというか……」
「いや、全然。前より好きになりましたよ」
「また会ってくれる?」
「もちろん。先生に会えなかったら、浪人直行なんで」
すると、先生は俺の肩に両手を添えると、俺の頬にキスをした。
「ふふっ。きみを予約しちゃいます♡」
帰り道、俺はすごく後悔していた。
担任女教師(しかも好み)とそんな関係になる機会なんて、きっと、一生で一度あるかないかだ。それなのに、俺はその機会を逃してしまった。
「はぁぁ。やっちゃえば良かったかなぁ」
特大のため息が止まらない。
すると、スマホが光っていることに気づいた。
花鈴からのメッセージだ。
「光希、どこにいるの? 使い魔から、光希がノーパン女とイチャついてるとお知らせがきたんだけど……。もし、浮気したら、君に不能になる呪いをかけるから。ふふふっ」
俺は周りを見回した。
使い魔ってなんだ?
鳥か? 猫か? それとも、虫とか?
どちらにせよ、不能の呪いとか怖すぎるんだが。花鈴はどうやらご立腹らしい。帰ったら、とりあえずは土下座かな……。