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第21話 翔と一輝。

 

 雫たちが帰った後も、翔は食べまくった。

 そういえば、さっきインターハイがどうとか言ってたな。


 俺は聞いてみることにした。


 「そういえば、お前、もうすぐインターハイなの?」


 「ああ。もう少ししたら、地区予選の組み合わせが発表されるー」


 サッカーはよく分からないが、インターハイといえば野球の甲子園みたいなものだよな。


 「俺らはインターハイまでだからさ。ほんとは納得いかねーよ」


 「どういうこと?」


 「他の強豪校は冬の大会まで3年生もやれるんだよ。でもさ、俺らは進学校で受験があるじゃん? だから、インターハイ終わったら、3年は引退するんだ」


 なるほど。

 うちはサッカーの強豪校でもあるのだから、3年までやらせてやっても良いと思うけどな。


 「じゃあ、冬の国体は、2年生でやるってこと?」

  

 「あぁ。そんなの納得いかねーじゃん。俺らも去年は3年抜きでやったけど、どう考えてもおかしいだろ」


 「たしかに。変だよな」


 翔はため息をつくと、デザートを注文した。


 杏仁豆腐3個に、へんなパフェ。

 悩み多くとも、食欲は旺盛なようだ。


 「って、お前に文句いったってしかたねーよな。わりい。だから、まぁ。なんだ。……そういうことだ」


 翔は照れたような顔をした。


 「なんだか青春だねぇ」


 すると、翔は笑った。


 「おまえ、たまにへんなこと言うのな。まあ、俺にとっては最後の大会だからさ。後悔残らないようにやるわ」


 その言葉を聞いた時、強い既視感に襲われた。

 たしか、前にも、誰かとこんな話をしたことがある。


 『最後の大会だからさ。後悔残らないようにやるわ』


 それは、前俺の高校時代の親友。

 山本 一輝(やまもと いっき)と同じ言葉だった。


 記憶がフラッシュバックする。


 胸が痛い。

 箸を持つ手が震える。


 呼吸が苦しい。


 翔に声をかけられた。


 「光希、顔色悪いぞ? 大丈夫か?」



 一輝は同じ高校で、野球部だった。

 彼は、スポーツと無縁な俺とは真逆だったが、不思議に気が合って仲良くなった。

 

 彼は、練習にスカウトが見物にくるくらいの投手で、俺も、きっと一輝はプロになるのだと思ってた。


 あいつは、俺みたいな凡人には手の届かないヒーローになるはずだったんだ。


 でも、地区予選の最終日、投げながら倒れた。連日の連投による脱水と熱中症が原因だった。


 試合の途中で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。本当にあっけなかった。


 一輝は体力があって、病気知らずで、野球に真摯だった。「努力は裏切らない」、それが彼の口癖だった。


 正直、おれは、一輝はすぐに回復して、新学期にはまた笑って普通に冗談を言い合えると思っていたのだ。


 でも、そんな「普通」がやって来ることはなかった。


 マスコミは当初、チームを支えて連投する一輝の活躍を、美談のように讃えていた。しかし、一輝が亡くなると、手のひらを返すように、一斉に監督や校長を批判した。


 テレビで泣きながら土下座をする学校関係者をみながら、俺は思った。


 「人ってこんなに簡単に死ぬんだ」


 そう思った人生で最初の出来事だった。


 夢に向かって進んでいた一輝が死んで、夢なんて持たずに停滞していた俺は生きている。夢を叶えかけていた紫乃は死んで、ただ無目的に働いていた俺は生きている。


 俺は。

 俺は……。

 

 顔をあげると、翔が心配そうに見ていた。

 翔と一輝は、外見も雰囲気も違う。でも、必死に夢を目指しているのは同じだ。


 「翔」


 「ん?」


 「絶対、無理すんなよ。お前の夢は、高校の後にも続いているんだからな」


 これは綺麗事だ。

 甲子園を目指していた一輝も。

 インターハイを目指している翔も。


 少なくとも彼らにとっては、夢はそこで決まる。だから、どんなに辛くても挑み続けるしかないし、手を抜くなんてことはできない。


 歳を取るって、良いことなのかな。

 こんな悲しい経験ばかり増えてしまう。


 なぁ。紫乃。

 お前は、これもやり直せって言うのか?




 すると、翔が肩を拳を握って前に出した。

 おれも、つられて握りしめた拳をコツンとぶつける。


 翔は真顔になって、俺をまっくずに見て言った。


 「あぁ。わかってる。都護夜とこよ生のお前らを、俺がテッペンに連れて行くぜ」



 フィスト・バンプ


 拳と拳を突き合わせるこのジェスチャーは、成功と喜びを共有するための男同士の挨拶らしい。

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