第2話 並行世界。
あれから母さんと話して、いくつか分かった事がある。
ここは並行世界で、過去に戻った訳ではないらしい。俺自身や両親は同じだが、住んでいる街は違う。そして、通っている高校も違う。
俺は、ここから自転車で20分程のところにある、都護夜高校に通っていて、4月から3年生らしい。
大まかには自分の高校時代をトレースしているが、小中の卒業アルバムなどには知らない奴らが写っている。そして、今は2025年。
だから、SNSやスマホもあるし、文化としても俺が高校の時とは違う。
一年経って薬の効果が切れたらどうなるのか。
紫乃は居ないのか。
前世の俺の家(一軒家)はどうなっているのか。
疑問は尽きないが、とりあえず、当面は、俺はこの世界で過ごすしかないらしい。
人間関係が形成されきった学校に途中から放り込まれるとか、拷問でしかないのだが。どうやって切り抜けよう。
しかも、高3。
紫乃は「青春をやりなおして」なんて言ってたけれど、むしろ、叶うことのない夢を捨てて現実に向き合うお年頃なんじゃないか?
さすが、紫乃。
やってくれるぜ。
(ピンポーン)
インターフォンがなった。
モニターには黒髪の女の子が映っていた。なんだか頬を膨らませている。
「か、かあさん!! ドアの外に知らない女の子が立っているんだけど……」
母さんはモニターを覗き込むと、鼻で笑った。
「知らないって……、柚乃ちゃんじゃない!! あんたの幼馴染でしょ? まだ寝ぼけているのかしら」
俺は急いでドアを開けた。
そこに立っていたのは、黒髪ロングの女の子。身長は152くらいで、少し華奢だ。ヒップラインはそれなりだが、胸は発展途上中かな。目が大きくて、そして、頬はぷくーっとなっている。
ご機嫌ななめのようだが、かなりの美形だ。
そして、俺の幼馴染らしい。
「ごめん、ゆ、柚乃さん」
少女は、さらに勢いよく頬を膨らませた。
「ゆのサン?? なんで他人行儀なのよ。わたしがあんたのこと呼び捨てなのに、あんたがわたしをサン付けなんて。なんだかウチ、性格悪そうって思われるじゃん」
はぁ?
なんで最後の一行だけ、ウチなんだ?
こいつは、エセ関西人か?
……とにかくだ。
俺の事情については、秘密にした方がいいだろうし、なんとか、会話の中で、この珍獣の生態を把握しなければならない。
「いや、だって。そ、そうか。柚乃。なんか二日酔……、いや体調が悪くてさ。ごめん」
ここでは、40代が愛用している言い訳シリーズが使えない。注意せねば。
「あんたさ。私にフラれたからって、ちょっと他人行儀なんじゃない? ほんと、かんじわるっ」
は?
どうやら、俺はこの子にフラれたことになってるらしい。
ちょっと、紫乃さんや。
もうちょっとマシなセーブポイントからやり直しさせて欲しいのですけれど。
柚乃は両腕を組んで、俺の頭からつま先まで、値踏むように見た。
「それで、アンタはなんでパジャマなわけ? 今日、駅前にできたクレープ屋さんに行くって約束してたじゃん」
え。
俺ってば、フラれた子の食べ歩きにつき合わされるの?
ちょっと待て。
この世界の俺、都合の良い男すぎるんじゃないか?
だが、そういう柚乃は、髪を後ろで結って、軽くだがメイクもしてくれている。黒いワンピースで、スカートは何層にもなっていてフワフワだ。
きっと、可愛い服装をしてくれているのだ。
とにかく着替えねば。
「準備するからちょっと待って」
(チッ)
は?
今、この子、舌打ちしなかったか?
この世界の俺。
ほんとにこの子でいいの?
もうちょっと、相手はよく選んだ方が良いと思うぞ?
俺はなんとかそれっぽい服を見繕って、柚乃が待つ玄関に戻った。
柚乃は、俺を見るなりプルプルとして笑った。
「なにー? その格好。 おじさんっぽいんですけれどー?」
そうなのか?
タイトにワイシャツにジャケットで決まってると思うのだが。ちゃんと襟も立てたぞ?
柚乃はずかずかと上がり込むと、俺の部屋の服を物色しはじめた。
「ち、ちょっと。勝手に部屋にあがるなよっ!!」
柚乃はケラケラと笑う。
「大丈夫。そこのエロ本入ってる引き出しには触れないからっ」
え?
そなの?
俺ってば、あそこにエロ本を隠してるの?
それはけしからん。
あとで、在庫をチェックせねば。
っと、いまは、こいつの乱行を止めなければ。
「ちょっと待てよっ!!」
俺は柚乃の手首を掴んで、思いっきり引っ張った。
「キャッ」
すると、バランスを崩した柚乃が倒れそうになったので、俺は反射的に支えた。
気づいたら、ベッドで、俺は柚乃に馬乗りになっていた。柚乃は、頬を真っ赤にすると目を逸らした。
拒否されていない。
もしかして。
この子はただのツンデレで、実は俺のことを好きっていう、お決まりの展開なのか?