第19話 焼肉。
翔を待ってる間、思考を整理することにした。やり直し前の俺と、今の俺。そして、元飯塚君。ややこしいったらありゃしない。
そこで、こう呼ぶことにした。
やり直し前の俺は、前俺。
元飯塚君は、そのまま元飯塚君。
今の身体の俺は、今俺だ。
ふふっ。
これで、思考がすっきりして、勉強も捗るはずだ。
すると、翔がやってきた。
「わりい。杏に見つかる前に、いこうぜ」
「いいのか? 可愛い子じゃん」
翔は顔をしかめた。
「あー、いいのいいの。アイツ、まじ口うるさくてさ。あんなのとセックスしたら、人生終わるわ」
そうか?
あんな可愛い子が相手してくれるなら、人生サイコーって思うけど。
自転車を押しながら、歩く。
カゴには翔がボールやらスパイクやらを入れてきたせいで、重さでハンドルがグラグラする。
そういえば、元飯塚君と翔って、どんな友達だったんだろうな。中学の卒アルでは肩組んで笑ってたから、親友なのは確かだと思うのだけれど。
あっ、ピアノのこと相談してみるか。
「そういえばさ。ことり先生に一年のピアノの伴奏頼まれてさ。お前の家にピアノあったりしない? できればグランドピアノ。お前の家、音楽一家だろ?」
どうせやるなら、かっこよくグランドピアノがいい。
すると、翔は俺の肩を叩いた。
「なんでやねん!!」
ほうほう。
翔とはこんな感じなのね。
翔は続ける。
「俺の家、ピアノどころかリコーダーすらないぜ?」
「まぁ、そうだよな。うちも普通にない。楽器といえば親父のアコギくらいしかない。しゃーない。紙の鍵盤で練習するか」
すると、翔が何か思いついたようだった。
「そういえば、七瀬なら持ってると思うぜ。あいつ、小学校までピアノ弾いててさ。聞いた話だけど、大会とか出てて、結構、上手かったらしい。柚乃も同じ小学校だったし、聞いてみたら?」
へぇ。
柚乃からも七瀬からも、そんな話は出たことがなかったや。でも、貴重な情報だ。
焼肉屋に入ると、高校生くらいの客が意外と多かった。ピークタイムまでの青春学割サービスらしい。
そもそも、高校って、放課後に制服で飲食店に入るのが禁止されているような。
今は違うの?
ジェネレーションギャップ?
なにはともあれ、これで停学になったりしたら、青春サービスどころか嫌がらせ以外の何者でもない。
「翔。うちの学校ってさ。放課後になんか食っていいの?」
「さぁ。しらね。人間、食わないと死ぬし、いいんじゃねーの?」
こいつはダメだ。
さすが元飯塚君の親友。
食べ放題だからか、翔は肉を大量に注文している。カルビ5人前、ロース5人前、タン5人前、特盛ライス2人分。その他盛り沢山。
「翔。そんなくえねーだろ」
見ているだけで、胸やけしそうだ。
しかし、翔は平然としている。
「いやいや、余裕っしょ。この量なら俺1人で食えるし。っていうか、前は光希の方が食ってたじゃん」
そなの?
元飯塚君は、随分と燃費悪かったのね。
前俺がこんなに食ったら、メタボ検診直行だよ。っていうか、吐いて救急車かも。
若さって素晴らしい。
翔が肉を頬張りながら言った。
「それでさ。お前、ことりちゃんと、セックスするの?」
「いやぁ、まあ、正直、あの身体、最高だよな」
翔はカルビを何枚か頬張ると、そのまま白米をかっこんだ。
「ごほっ……。あぁ。わかる。バックからガンガンやりたい」
俺は翔と普通に話していることに気づいた。
思いのほか、男同士ってやつは。10代でも40代でも、程度はさほど変わらないらしい。
男子高校生の頭の中なんて、99%はセックスのことだと思うし。そんな空気感が懐かしくて、俺は翔と同じノリで答えた。
「まぁ、やったら教えるわ」
すると、翔はサムズアップをした。
「締まりとか教えろよな」
いやあ。なんとも下品な話題だが、前俺の高校時代に戻った気がして気分が良かった。やっぱ、同性の友達だわ。すると、隣のテーブルの女子高生と思われるグループが、俺らをチラチラ見ていることに気づいた。
きっとクズとか思われてるんだろうな、と思っていたら、翔が声をかけた。
「ねぇ。君たち。女の子だけ? よかったら俺らと食べない? うちら男子校でさ、男だけでつまんねーし」
すげえな。
怖いもの知らずだ。
うちら普通に共学だし。さっき七瀬とか柚乃の話してたじゃん。もし、仲良くなったら針のむしろになるとか、一切、考えてないらしい。
でも、せっかくの高校生ライフ。
おれもいっちゃおう