第17話 面談
次の日の放課後、また面談の続きをすることになった。部屋に入ると、先生は資料をトントンと纏めて、こちらをみた。
「飯塚君。やりたいことは決まった?」
「俺は医師になりたいです」
「そっかあ。じゃあ、このへんの医大かな……」
先生は資料を開くと、数校にマーカーを引いた。
こんな成績不良の生徒が医大と言い出したのだ。俺は驚かれないことに、むしろ驚いてしまった。
「えっ。驚かないんですか?」
「どうして?」
「真剣に考えて決めたんでしょ? 目の下にくまできてるし、その顔を見れば分かるよ。それにね……」
くまは、花鈴の寝相が悪いからなんだけどね。先生はそんな俺のことなど、気にする様子もなく続けた。
「飯塚君がお医者さんになったら、良い人紹介してもらえかもしれないじゃない!! わたしも、俄然、やる気がでてきたよ」
ふむふむ。なるほど。
先生のモチベは下心と……。
俺は指を折ってカウントして見せた。
「えと、俺が医師になるのって、早くても7年後とかだろうから……、えと、先生の歳が……。やば、指が足りません」
先生は涙目になった。
「飯塚君の意地悪っ」
からかい甲斐のある先生だなぁ。
「もし、そのとき貰い手がなかったら、俺のところに来てもいいですよ? まぁ。俺がフリーだったらですが」
「え? ほんと? お嫁さんにしてくれるの? じゃあ、ここを卒業したら、交際はじめちゃう?♡」
「って、早く面談始めてくださいっ」
「あっ、ごめんごめん。先生も追い詰められてるからさ。ついね……。それで、飯塚くんの意見は?」
「せっかく先生がピックアップしてくれて、どれも良いと思うんですけれど、俺は医学部で一番ランクの高い大学を目指したいです」
「そっかあ。最難関校は、そのために子供の頃から勉強してるような子たちばかりだよ。それでもチャレンジしたいの?」
「はい。むしろ、それ以外の医大なんて受かっても、蹴ってやりますよ」
先生はため息をついた。
「いやいや、受かったら入ってよ。わたしにも人事評価とかあるんだからさ」
「めっちゃ自己保身ですね」
「わたしも雇われてる身だからね。もしもだよ? 君が背伸びしすぎて受験校全滅したりしたら、わたしがあのハゲ……こほん、教頭にいびられるの。クビにされたくなかったら、身体で奉仕しろとか言われちゃうに決まってる」
先生は、暑そうにクリアファイルであおぐと、無駄に足を組み替えた。
んー。気のせいだろうか。
この先生、まんざらでもない気がする。
「じゃあ、先生の貞操は、おれの双肩にかかってるってことですね。がんばりますっ」
そういうと、先生はプリントを一枚出した。
「受験までに、医学部向けの全国模試は3回あります。まずは、初回の来月末の模試でクラスで一番になること」
「先生。さすがにそれは無理じゃ。今の俺の成績知ってます?」
先生は、憐れむように両眉をさげた。
「あのね。君を知ってるからこそよ。今回でクラス1番、次回で学年1番、3回目で全国で1000番以内。それくらいできないと、君の夢は到底無理よ」
「頑張りたいんです。でも、踏ん切れないというか」
「何か心配事でもあるの?」
「こういうのって、ご褒美があったらやる気でるのが定番じゃないですか?」
先生の喉仏のあたりが動き、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「た、たとえば?」
俺は、ことり先生の胸を見た。
本当に良いバストだ。形も大きさも理想的。
「胸をツンツンさせてください。そしたら、思い残すことはありません」
「思い残すことないって、むしろ、思い残して欲しいんだけど……。って、そんなことでいいの?」
「先生、どんなこと考えてたんですか?」
「えっ。もっとすごいの来るかと思った」
「先生。残念ながら、ツンツンには、さらに詳細な希望があるんですよ」
「えっ……」
「ツンツンするのは乳首。上半身着衣不可。消灯不可です」
「それくらいなら、いいよ♡」
あれ? なんだか、あっけなくて拍子抜けだ。
もうちょっと無理難題でも行けたっぽいな。
どうやら、俺は先生の貞操観念を過大評価しすぎたらしい。
先生は頷くと、恥ずかしそうなに目を逸らして続けた。肩をすくめたせいで、胸がより大きく見える。
「……あの。誰でもさせる訳じゃないからねっ!! わたし、君のこと気に入ってるの。君の友達想いなところとか、最近、大人びてるところとか」
大人びてるっていうか、実際に中身はアラフォーなんだが。
「やったあ」
とはいえ、一応は高校生らしく喜んでみる俺だった。
それにしても、なんでもダメ元で言ってみるものだな。本当は、ご褒美なんてあってもなくても、俺には突き進む以外の選択肢はないのだ。
先生の胸元を凝視する。
結構、いや、かなり大きい。
俺は生唾を飲み込んだ。
この胸を好きにできるのかぁ。
楽しみすぎる。
先生は、咳払いすると続けた。
「ただし、責任とって結婚してもらうけれど♡ 子供の名前は何がいいかなぁ」
胸ツンツンで責任とれとか、コスパ悪すぎだろ。
そして、あの本気の顔。笑ってるけど、目が笑ってない。先生に手を出したら、花鈴の魔術なんかより、よっぽど怖そうだ。
「先生。やっぱ、ご褒美いらないっす」
先生は動揺して立ち上がった。
「いやいや、先生のご褒美もらってくれないと困る」
ご褒美する方が追い詰められている。
もはや、意味不明な状況だ。
「まぁ、いいですけど」
「ホッ。責任とれとか言わらないから♡ そのかわり、一つだけお願いがあるの」
先生は続けた。
少し真顔だ。お願いって、困り事なのかな。
「あのね。先生、一年生のクラスでも副担任しててね、そこでもうすぐ我が校恒例の合唱会があってね。君も覚えてると思うけど、ピアノ伴奏は3年生に頼むのが恒例じゃない? そこでピアノの伴奏をして欲しいのよ」
「恒例じゃない?」とか言われても、俺は、この春ここに来たばかりなのよ? そんなこと初耳なんですが。
ここ進学校だろ。3年に頼むとか、頭おかしいんじゃないか?
「……なんで俺なんですか? もっとピアノ弾けるヤツ、他にいるでしょ」
つい語気が強くなってしまった。
先生はビクビクしながら続けた。
「そうなんだけど。3年生で引き受けてくれる子がいないのよ」
そりゃあそうだ。誰もこんな時期に引き受けてくれんだろ。そんなへんなイベントを続けているお前らが悪い。
俺は頭をかいた。
「参ったな。おれピアノなんて弾いたことないし」
先生は半べそだ。
「みんな、初心者ばっかりで同じような感じだから……」
先生は俺と目が合うと、目を逸らした。
(こいつ、絶対にウソついてやがる)
普通に考えて、ノー練でクリアできるようなヤツしか引き受けないだろ。つまりもれなく上級者ということだ。そして、俺は泥水をすすることになる。
先生は涙をポロポロ流しなら続けた。
机の上には、なぜか目薬がある。
「みんなね。3年の兄弟に頼んだりするの。でも、わたしのクラスの子は、みんな上級生の知り合いいなくて。可哀想……」
「だから、なんで俺なんです?」
「それは、推薦があったのと、先生が、人を助ける心を持つ君を見込んでるからかな」
は?
推薦って誰だよ。
まぁ、一年生に知り合いは1人しかいないからな。花鈴め。帰ったらお尻ペンペンだ。