第14話 光希は知りたい。
すぅすぅと眠る花鈴の寝顔を眺めている。
少しでも動いたら、この子が起きてしまいそうで。
天井を見ながら、昔のことを沢山思い出していた。
紫乃。君はどうしてピアニストを目指したのかな。知り合った頃、君は夢に向かって一直線で。すごく輝いていた。
俺ね。あの時、すごく辛かったんだ。
母さんが亡くなって。父さんもその後を追うように亡くなった。
母さんが俺に何を期待したのか。
父さんが俺に何を伝えたかったのか。
あの時の俺にはさっぱり分からなくて。
毎日、酒ばかり飲んで、八つ当たりして、その日のことだけ考えて、現実逃避していた。
でも、君が誘ってくれたコンサート。
舞台で堂々とピアノを弾く君の音色は、美しくて。
一目惚れしてしまった。
きっと、人生、最初で最後の一目惚れ。
そんな君が、投げやりになっているのをみて、プロポーズした。あれから、日に日に弱っていく君をみて、毎日、自分の無力さに泣きたくなったよ。
もし、生まれ変わったら。
もし、過去に戻れるなら。
君を助けられるような人間になりたいって、何度も思った。
花鈴が言っていた。
魔女との結婚は、魂をがんじがらめにする契約なんだって。
でも、紫乃はそんなことしなかったよね。
もしかして、君には。
先の事が見えていたのかな。
今の俺の姿が見えていたのかな。
また紫乃のピアノが聴きたいな。
……。
花鈴が寝言を言っている。
「おにーたま、むにゅ。だからぁ。シュークリームは……」
この子はどんな夢を見ているんだか。
でも、幸せそうな顔をしている。
もし、紫乃との間に娘がいたら、これくらいの年頃だったのかな。
俺は花鈴の前髪を撫でた。
ふと、時計を見ると22時近かった。
やばい。まだ課題について何も考えていない。
秘密の引き出し……、いや、どいつもこいつも勝手に見てるから全然秘密じゃないが。
引き出しを開けると、中には数々のマニアックなエロ本と、ノートがあった。
「ほんと、変なところに保管しやがって……」
俺の自分の口元が綻んでいることを感じていた。
元飯塚君は、俺が絶対にしない方法で七瀬を助けた。きっと、君は、自分よりも友人を大切にする信頼できるヤツなのだろう。柚乃や翔くんが、君をみる顔でわかる。
だから、そんな君の将来の夢を知りたいと思った。
まぁ、日記にそんなことを書いてるとも思えないし、王様とか世界一のサッカー選手みたいな実現可能性ゼロなことを書かれていても困るのだが。
ノートを開く。
すると、最後の項に答えが書いてあった。
「俺は医者になりたい」
俺はその理由を知りたくなった。
正直、俺のイメージする元飯塚君からは想像つかなかったからだ。
すると「中学の頃、身体に違和感を感じた」とあった。
その後も「力が入らない」、「家の近くの病院では分からなくて、両親と大きな病院の先生に相談した」、「皆に悟られないように過ごしたい」などの内容が続く。
俺はその症状に覚えがあった。
自然に口から言葉が出ていた。
「紫乃と同じ症状だ……」
日記は、元飯塚君の生々しい日々の闘いの記録だった。
しかし、彼の毎日には、いつも「困っている人を助ける」、「友人を裏切らない」そんな決意があった。
皆んなが俺を見る顔を見れば分かる。きっと、君は限られた時間を誠実に過ごしたのだろう。
そして、きっと、限界が来た頃、俺と入れ替わった。
自分の事を治したかったのか、周りの人を助けたかったのかは分からない。
でも、彼は医師になりたかったのだ。
俺は、日記を閉じた。
どういう経緯でこうなったのか。
友人はともかく、両親は病気のことを覚えていないのか。疑問は尽きない。
だが、これははっきりしている。
俺は、元飯塚君に、夢を託されたのだ。