第12話 飯塚君は守られたい。
家に帰り、ベッドに身体を投げ出した。
少し1人で考えたかったのだ。
これは1年間限定のやり直しだ。
俺は実際に大学に入ることもないし、その先を見ることもない。
でも、もし、元飯塚君にこの身体を返すことになったら?
……そう思うと手抜きはできない。
すると、むにっとしたものが腕に当たった。
「あんっ♡」
花鈴の声だ。
この毛布の下に隠れていたのだろう。
ずーっと待っていたのだろうか。
正直、毛布の中身は放置したいが、可哀想か。
だから、おれは独り言を言うことにした。
「花鈴はどれくらい待ってたのかな?」
すると、毛布の中身が答えた。
「……2時間くらい……」
なんだかその答えにキュンとしてしまった。
これって、妹に対してなのかな?
それとも……。
早く花鈴に会いたい。
俺は毛布をはぎとった。
どうせ、全裸か何かなのだろう。
想像がつ……。
だが、予想は外れた。
花鈴はタオル地のようなモフモフなパーカーを着ていたのだ。
「……なっ。なにその格好(笑)」
「おにーちゃんが泣いても吸い取れるように。人間バスタオルになったの」
花鈴は半べそだ。
「なんで、お前が泣いてるんだよ」
「だって、だって心配なんだもん。君が、寄り道したまま戻れないんじゃないかって」
感情が昂ったその瞳は、青灰色だった。
花鈴の話を聞いてから、俺なりに邪眼信仰について調べたのだ。知らない言語で書かれていて読める資料は多くはなかったが、一つ分かったことがあった。
邪眼信仰は、もともと大地母神、つまり女性崇拝の神の眼の信仰から来ているのだ。
そこでは、『赤い眼は、寿命を見通す命の眼。青い眼は、真実を見破る理の眼。黒い眼は、死者を見渡す冥府の眼』という伝承があるらしかった。
それが本当なら、花鈴は俺の事情など全部お見通しなのかも知れない。でも、そのことをはっきりとは言ってこない。だからきっと、なにか言えない事情があるのだろう。
俺は花鈴を抱きしめた。
「俺のことを心配してくれて有難う。それと、お前、もうちょっと嘘の練習した方がいいぞ?」
花鈴は何の話か分からないようだったが、俺の腕を掴んで言った。
「ぐすっ。そんなにされると、ボク、君のことを欲しくなってしまう」
……ボクっ娘?
やや俺の守備範囲外な気もするが、そっとしておくことにした。
花鈴の胸枕が温かい。
花鈴に抱きしめられているうちに、俺は寝てしまったらしい。
目を開けると、また真っ暗な森の中だった。
どこからか鴉の鳴き声が聞こえる。
(……あぁ、またあの悪夢をみるのか)
俺は身構えた。
すると、どこからか穏やかな女性の声が聞こえてきた。
「Abysso Ignis Iter Immortalis Veritas Aether Incantare....」
すると、徐々に辺りが明るくなり、鴉は何かを叫びながら、どこかに飛び去った。
俺は安心したらしく、そのまま意識を失った。
何時間くらい寝てしまったのだろう。
目を開けると、花鈴が俺を抱きしめてくれていた。俺を見つめるその目は、やはり青灰色に淡く光っているようだった。
「おはよ。ずっと守ってくれて有難う。お前の目、深い海みたいで綺麗だよ」
そういうと、花鈴は笑った。
「……欲情した?♡」
花鈴らしい返事だ。
「あぁ。すごいした。エッチしようか」
花鈴は真っ赤になってアワアワとしだした。なにやら自分の身体をスンスンと嗅いでいる。
こいつ、さては口だけだな(笑)
初々しい反応を見て、俺はそう思った。
「匂いが気になるの?」
花鈴は口を尖らせた。
「だって、汗臭かったら恥ずかしいし」
「したくないの?」
「したいけど……。まだ告白されてないし。それに、契約したら、君はボクと死んでも離れられなくなる。……君はそれでもいいのかい?」
花鈴の口調が変わっている。
それにしても、契約か……。
文字通り、花鈴とそうなるということは、途中で気変わりが許されないということなのだろう。いかにも魔女っぽい。
おれは、おちゃらけて答えた。
「んじゃあ、やっぱいいや」
すると、花鈴は「ええーっ?」と大声を出した。そして、なんだか一生懸命話している。
「いや、わたしのはイヤって意味じゃなくて。キチンとしてくれるなら、やぶさかではないっていうか……」
そんな花鈴を愛らしいと思った。
(花鈴のおかげで、またあの悪夢に囚われなくて済んだよ。ありがとう)
俺は花鈴の髪の毛を撫でた。
時計をみると、もう20時近かった。
「やば。早く元飯塚君の日記をみつけないと。どこにあるのかな」
すると、なぜか花鈴が答えた。
「前のおにーちゃんの日記なら、エッチな本コーナーにあったよ?」
俺の部屋には、オフィシャルなエッチ本コーナーなぞないんだが。なんでどいつもこいつも、普通に閲覧しているんだか。
それにしても元飯塚君。
日記をエッチ本コーナーに保管してるのは、さすがにどうかと思うぞ?