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第11話 飯塚くんは勉強ができない。


 (キンコンカンコン)


 俺はチャイムの音で目覚めた。

 どうやら、授業中に爆睡していたらしく、額に本の跡が残っている。


 最近の高校は生徒の多様性に配慮してるのか、寝ていても無理に叩き起こされたりはしない。2、3回声をかけられるが、そのあとは放置だ。


 俺が高校の頃は、寝てたら殴られていたからなぁ。優しくて残酷な時代になったもんだ。


 横を向くと、柚乃が俺の真似をして突っ伏していた。目が合うと柚乃はニヤリとした。


 「光希、よく寝れた?」


 「あぁ。ぶっちゃけ、家より寝れた」


 「そっかぁ。沢山寝れることは良い事だけど、授業はちゃんと聞かないとダメだよ?」


 「なんか、今日の柚乃ゆの、優しくない?」


 「そっかな? 気のせいだよ」


 「前はもっと凶暴だっ……」


 ガンッ!!

 柚乃にスネを蹴られた。


 「ふんっ。でもさ、ほんきで授業に追いつけないなら、対策考えないと」


 柚乃は本気で心配そうな顔になった。


 そうなのだ。

 俺は勉強について行けていない。


 先日、シャワーを浴びながら、高校生活(勉学)無双説を思いついてテンションが上がったのだが、よく考えたら、俺は大学を卒業して20年近く経っているのだ。


 つまり、高校の勉強など、ほぼ全て忘れている。そのおかげで、全教科でまんべんなく追いつけていない。


 分からなすぎて寝る→寝るからもっと分からなくなる、という負のスパイラルに入ってしまった。


 元飯塚君も同水準のおバカさんだったようで、周囲に違和感を与えていないのがせめてもの救いだが、せっかくの紫乃にもらったやり直しの機会なのだ。


 このままじゃダメだ。

 まずは、担任の斉藤先生に相談してみるか。


 先生は放課後に時間を取ってくれた。

 

 俺はドアをノックする。

 「はい。どうぞ」


 すると、中から先生の声がした。


 埃臭い教室。

 少しだけの緊張感。


 懐かしい。


 教室に入ると、先生が座っていた。

 急にお願いしたのに、俺のために、がっつり時間を空けてくれたらしかった。


 それだけ俺が心配をかけていると言う事だろう。


 「急にすんません。ことわり先生」


 先生は机の上に広げていた書類を、トントンと纏めた。


 「違うでしょ。理と書いて、ことりって読むの。何度も言ったじゃない」


 ことり先生はむーっと頬を膨らませて、不満そうな顔をした。


 先生は、いわゆるロリ巨乳だ。年齢は29歳という噂だが、すごく童顔なので若く見える。太ってはいないのだが、顔も目も肩も丸くて、小柄で愛らしい。


 「先生、いつ結婚するんですか?」


 「……相手がいないし」


 そして、絶賛売り出し中なのである。


 そこがなんとも言えないフェロモンを出していて、40代男性の嗅覚を刺激する。俺が元の身体でフリーだったら、きっと口説いてた。


 って、……俺のことを本気で心配してくれている人をからかっちゃいけないよな。


 俺が椅子に座ると、面談がスタートした。


 「それでご相談は?」


 「いや、成績が心配で。このままだと進学とか無理そうですし」

 

 すると先生は頬杖をついて、俺の方を見つめた。


 「飯塚君。君は何のために進学したいの?」


 「……えっ?」


 俺はびっくりしてしまった。進学校の面談で、そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだ。


 「確かに、君の成績は、かなり危機的な状況だよ? でもね、大学はただの入口なんだ。そのあとずーっと続く人生のただの入口なの。だから、まずは、何のために、どこを目指してそこを通るのかが大切なんだよ」


 「そんなもんなんですかねぇ……」


 「なにそのつまらない質問するなって顔。 年長者の言うことは聞くものよ?」


 いや、おれ42歳なんですが。


 採用時や配置は、一流大学卒。

 そして、実績を残すのは要領のいいヤツ。


 学歴にしがみつけば後者が妬ましくて、学歴を軽視すれば前者が羨ましい。


 この矛盾がこの国の現実だ。


 先生は、そんな俺の内心を見透かすかのように小さくため息をつくと、話を続けた。


 「そういうのが見えていないとね。たとえば、就職してから、やれあいつは縁故だとか、やれ無学なくせに要領だけで出世したとか。自分を他者との比較でしか評価できなくなるの」

 

 前の俺は、どうだったっけ。

 

 たまたま採用された会社に就職して、そこで言われるままに仕事をして。手当ほしさに、ぼちぼち資格をとって。無能な上司や生意気な部下の愚痴を言って。そのくせ、自分も誰かにとって無能な上司であって、生意気な部下であることを忘れている。


 仕舞いには、正当に評価してくれない会社に不満を持って。


 人との比較ばっかりだった。

 たしかに先生が言ってる通りかもな。


 ちびっこ先生は、俺のことを見上げるようにして言った。


 「そんな君に課題ですっ。明日までに、将来何をしたいかを考えてくることっ」


 「え。そんなの年単位で考えることじゃないですか? 一日で決めろとか無理ゲーすぎるんですが……」


 「そんなこと言ってたら、一生分からないわよ? 後から気づいても、どうしようもないこともある。だから、スタートが肝心なんです!!」


 俺が頷くと、先生は笑って面談を終了した。

 考えた結果は、また明日報告しなければならないらしい。


 先生は出ていこうとする俺を呼び止めた。


 「……飯塚くん。不安?」


 「もう3年ですよ? 俺にはそんなことしてる時間はないっていうか」


 先生は微笑んだ。


 「うふふ。現実的にもね、一気に成績を上げる必要がある君には、それだけ強い動機づけが必要なの。それにね……」


 先生は作業の手を止め、俺をじっと見つめると続けた。


 「飯塚くん。急いでる時こそ、寄り道が大切なの。大切なものは、案外、そんな道端に落ちているのだから」

 

 教室を出ると柚乃がいた。

 俺を待っていてくれたらしい。


 自転車は花鈴が乗っていってしまったから、歩いて帰ることになった。


 柚乃は心配そうにしている。

 

 「先生、何だって?」


 「明日までに、したいことを考えてこいだって。そんなの無理だよな」


 「ふぅーん。でも、大切なことだと思う。わたしもそうだけど、分からないもん。もし、見つけられたら、すごいなぁって思う」


 「でも、急に言われてもなぁ。こんなことなら、日記でもつけておけばよかったよ」


 すると、柚乃は首を傾げた。


 「何言ってるの? 光希、ずっと日記つけてたじゃない」


 そうなのか。

 こっちの元俺は、今の俺よりマメだったらしい。


 柚乃も先生も心配してくれている。

 せっかくのやり直しだ。


 真剣に向き合ってみるか。

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