表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/60

第1話 紫乃の秘薬。

 

 人生は旅だ。

 

 この言葉を最初に聞いた時、俺は、なんて陳腐なたとえなのだろうと思った。


 でも、妻が命の瀬戸際である今。

 俺は、この言葉の通りであって欲しいと願っている。


 人は何も持たずに身体一つで生まれてくる。

 そして、好きに生きて、きっと、好きに死んでいくのだ。


 思い通りになることも、ならないことも。

 あるいは、出来たのに、しなかったこともあるかも知れない。


 しかし、やり残しの多寡にかかわらず、何も持たずに死んでいく。


 俺は死とは、ただの「無」であると思っていたし、それで良いと思っていた。


 だが、散りゆく最愛の人にとっては、それは「旅」であって欲しい。


 俺は彼女に、何かを与えることが出来ただろうか。彼女の旅に、はなむけを持たせることはできたのだろうか。



 ピピピピ。

 

 けたたましい警告音が鳴り響く病室で、医師や看護師が慌ただしく行き来している。


 俺はその様子を、ただぼーっと。

 どこか、他人事のように眺めていた。


 この病室にいるのは、俺の妻だ。

 ピアノを教えていた彼女と知り合って、もう20年近い。


 誰にでも自慢できる妻だ。

 

 そんな事を思ったとき、電子音が止まった。


 やがて、AEDが持ち込まれた。

 医師がカウントすると、妻を電気ショックで鞭打つ音が、何度も何度も病室に響いた。


 しばらくすると、別の医師がやってきて、妻の様子を確認した。


 医師は落ち着かない様子で何かを言っている。


 「全力を尽くしたのですが……力が及ばなくて……」



 どうやら、俺の妻は死んだらしい。



 彼女は、明るくハツラツとしていて、自由奔放で。春の嵐のような女性。つまらなかった俺の人生を華やかに彩って、そして、散りゆく桜のように、ふわりと目の前から去っていく。


 こんな終わり方は、一緒に歳を重ねて、穏やかに別れを実感するよりも、彼女らしいのかも知れない。


 自慢の妻だったが、ずっと病室だったし。ついには、誰にも自慢する機会はなかったなぁ。


 しばらく、彼女の横に座ってそんなことを考えていると、妻の担当だった看護師さんに手紙と小箱を手渡された。


 「これ、奥様からです。ご主人がいらっしゃる前に、これをお預かりしました」


 妻の闘病は10年近くに及んだ。

 最近では、妻は殆ど目を開けることはなく、1日の大半を夢の中で過ごしていたので、少し驚きだった。


 封筒を開けると、便箋が入っていた。


 それは、弱々しい字で。

 こんな始まりだった。


 「拝啓。旦那様」


 文章は続く。


 「ここ10年近く。君に沢山の時間を使わせてしまいました。他のみんなは、きっと、もう子供を育てていて、たくさん、旅行とかイベントをして。だけれど、君はずっと私とこの病室で一緒にいてくれて。なんだか、たくさん幸せを諦めさせてしまった。ごめんね」


 「前に、私は魔女の一族なんだって話だことを覚えている? あれね。本当なんだよ。だから、君に最後に、これを贈ります。これはね、1年間限定で人生をやり直せる秘薬。もし、1人が辛くて我慢できなかったら、これを飲んでね。これから続く君の数十年。私の影だけを追って過ごすには長すぎるよ。だからね。感謝の気持ちを込めて、コレを君に渡すんだ。きっと、また君は旅に出ることができる」


 「それと、……その世界には、私は居ないから。私を探したりしないように。きちんと、10年間を取り戻すように。沢山、青春して、勉強して」


 そのあとは、何度か書き直した跡があった。

 視界が霞んでしまって、手紙がよく見えないや。


 手紙はまだ続く。


 「……、そして、素敵な恋をしてね。私は、君がくれた時間で十分すぎるから。それと、最後に。私と出会ってくれて有難う。君の旅立ちに幸せが訪れますように」


 俺は手紙を閉じた。

 ポタポタと、手の甲に水滴が落ちている。


 花粉症のせいかな。

 涙がしみて、頬が痛いや。


 旅立つのはお前だろ。

 紫乃しの


 俺の心配をしてどうするんだよ。


 最後の10年間も。

 この部屋で沢山の話をして。


 俺も幸せだったし。


 

 それにしても、魔女の秘薬だって?

 いつも突拍子もなかったけれど、ここに極まったなぁ。


 俺は箱を開けた。

 すると、小指の先程の小瓶が入っていた。


 真っ赤な液体。

 なんだか刺激臭がする。


 ……これ、ハバネロか何かなんじゃないか?

 最後の激辛ドッキリ。


 紫乃なら十分にあり得る。


 とはいえ、捨てる気にもなれず、俺は箱を閉じた。


 

 あれから2ヶ月近くが過ぎ、妻の四十九日が終わった。俺には両親がいないから、来たのは、彼女の母親と親戚がパラパラ。


 法要が終わると、義母が話しかけてくれた。俺は肩をポンポンとされた。


 「あの子と居てくれてありがとう。光希みつきくん。君はまだ40代なんだ。紫乃の影を追いかけて人生を終わらせるには早すぎる。10年も看病してくれて……十分だよ。これからは、紫乃に遠慮せず、自分の幸せを掴むんだよ?」


 「……ありがとうございます」


 「泣いてるし。はぁ。あの子も心配しちゃうよ。シャキッと前を向きなさい」


 そう言うと、義母さんは帰っていった。

 実母がいない俺にとっては、母親のような存在。少しミステリアスな雰囲気で、でも優しい人。


 しばらくすると、まばらだった参列者も帰ってしまい、一人ぼっちになった。


 家に帰って、ただ1人で過ごすのか。

 また明日から仕事だ。


 部屋を見渡すと、埃の被ったピアノと、少し湿った楽譜。そして、写真が見えた。


 写真の紫乃は、どれもまだ20代で若々しい。


 「きばって一軒家を買ったけれど、……1人で過ごすには、広すぎるだろ。あぁ、酒で飲むかな」


 それから俺は冷蔵庫にあったワインやビールを飲み尽くし、それでも、酔えなかった。


 紫乃が亡くなってからの2ヶ月弱。

 結局、紫乃の事を考えなかった日はなかった。妻のことを考えなかったことは、片時もなかった。


 毎日毎日、同じようなことをグルグルと考えている。俺は、自分が思っていたよりも、ずっとずっと。


 彼女のことが好きだったらしい。




 ポロン……。


 ピアノの蓋をあけて、適当に鍵盤を押した。


 彼女が弾く、美しい音色。

 いまは、露に消えてしまった。



 「……死のうかな」


 すると、ふと、妻が遺した小箱のことを思い出した。

 

 どうせ死ぬなら、最後のドッキリにひっかかってやるか。


 俺は小箱をあけ、小瓶の蓋をあけた。

 唐辛子のような凄まじい刺激臭が、鼻を刺す。


 俺はそれをつまむように持つと、息を止めて一気に飲み干した。直後、頭の中がぐらんぐらんして、意識が途絶えた。




 「頭が痛い……。紫乃め。なんてもん飲ませるんだよ」


 目を開けると、見慣れた天井が見えた。

 

 周りを見渡す。

 そこは、見慣れた……、いや、見覚えのある高校まで俺が過ごしていた部屋だった。


 鏡をみると、そこに映る俺は若かった。

 16か17際くらいに見える。


 部屋には見覚えのある品々が並んでいるが、少し違うところもあった。


 壁に掛かっている制服がブレザーだった。


 俺が通っていた高校は学ランだった。

 だから、ここは……。



 「……夢か?」


 バチンッ!!


 「っ」


 頬を叩くと、普通に痛かった。


 夢ではないらしい。

 じゃあ、この世界は何なんだ。


 カレンダーは、2025年の3月。

 紫乃の四十九日をした日だ。


 過去に戻った訳ではないらしい。

 

 すると、下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「みつきー!! 大丈夫?? なんか凄い音がしたのだけれど……」


 ドアが開くと、そこには、ずっと前に亡くなったハズの母さんが立っていた。


 「母さん」


 母さんは笑った。


 「どうきしたの? みつき。 泣いちゃってるよ?」


 どうやら、俺は並行世界パラレルワールドにいるらしい。

新連載です。

ストックがありませんので、ゆっくり更新になると思いますが、よろしくお願いします。


ブクマ、評価等いただけますと、モチベが上がります。

どうぞ、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ