8 人間探し
人間……。
どこだァ、人間フフフ……。
私は魔王みたいなドス黒い邪気を発しながら、あてどなく人間を探し回った。
スキル【宿主支配】――。
ぐうう、早く試したい。
人間になったら本物のハンバーグをたらふく食べるんだ。
ふかふかベッドでぐーたらするんだ。
もう葉っぱの陰で天敵に怯えたり、雨が降るたびに巨岩みたいな雨粒に弾き飛ばされたりすることはなくなるんだ。
ああ、早く人間になりたい、ああ。
……しかし、だ。
よくよく考えてみれば、そもそも、この世界に人間なんているのだろうか。
この辺りで一番高い木に登ってみても、町はおろか鉄塔の1本さえ見えなかった。
暇さえあれば空を見上げているけど、飛行機雲とかも見当たらない。
最悪、人間のいない世界って線も考えられるな。
ま、そのときはそのときか。
今はとにかく人間の痕跡を探そう。
私は【敏捷】と【滑空】を繰り返して森を駆けずり回った。
そうすると、当然お腹がすいてくるわけで。
いつの間にか、私はうまそうな匂いがするほうに向かっていた。
……食欲には勝てんのよ。
木の幹にあいた穴から猫が顔を覗かせている。
シックルテールだ。
5匹もいる。
私と比べれば山のようにデカイ。
でも、前に見た個体よりずいぶん小さいな。
あどけない顔をしているし、解析結果はLv.1。
まだ子猫だなー。
成猫はサバの味噌煮味だったけど、子猫はどうだ?
アジの南蛮漬けなら、ちょうど食べたかったところだ。
「にゃー」
あー、子猫かわいい。
私やっぱり猫派かもしれない。
そういえば、昔、屋根の上で日向ぼっこする猫を見て、生まれ変わったら猫になりたいとか思ったことがあったな。
今ならそれができるかもしれない。
【宿主支配】を試すチャンスだ。
人間の体の前に猫で練習しておくか。
私は意気揚々と巣の中に飛び込んだ。
甘えんぼな可愛い顔して、尻尾の先では凶悪な鎌が揺れている。
気をつけて近づかないと真っぷた――うおおっ!?
ドーン!!!
巨大な肉球が降ってきた。
息つく間もなく、ドスンドスンと二の球、三の球が飛んでくる。
「にゃあ!」
「ふにゃあん!」
見つかってしまったようだ。
さすが猫。
動くものは見逃さないな。
連続ネコパンチの嵐が私を襲った。
人間から見れば可愛い猫のお手手も、ダニの私から見れば高層ビルだ。
ぎゃああああ。
なんだこの世界の終わりみたいなモグラ叩きは。
このままじゃ潰される。
私は決死の覚悟で肉球に牙を突き立てた。
くらえ、【宿主支配】!!
幽体離脱みたいな浮遊感に襲われた。
私の意識が猫の中に潜っていくのを感じる。
あと少しで何かを掴めそう。
私は手を伸ばした。
だが、指先に何か触れるような感触の後で強い力で弾き飛ばされた。
そして、また猛烈な肉球の嵐にさらされる。
スキルが不発に終わった……!?
いや、あとちょっとで何かを掴めそうな気がした。
もしかして、肉球じゃダメなの?
体の末端じゃなくて、もっと芯に近いところを狙う必要があるのか?
よし、再チャレンジだ。
私は足元に【かまいたち】を叩きつけた。
木の幹に大きな亀裂が走り、子猫たちはビクンとすくみ上がった。
その隙に素早く体を這い上がる。
首の裏側に回り込み、私は牙を前にして突っ込んだ。
【宿主支配】――!!
意識が体を離れ、感覚が拡張されていく。
一瞬何も見えなくなった後、私の視点が切り替わった。
ダニの視界は魚眼レンズみたいに歪んでいた。
でも、今私が見ている光景は人間に近いものだ。
隣を見ると、同じ目線に猫がいる。
つか、首が動くこの感覚懐かしいな。
下を見れば、前脚が2つ見える。
私はそっと右脚を持ち上げてみた。
……おお、動く動く。
肉球、めっちゃピンクだ。
コンニャク製の手袋を装着しているような不思議な感触だ。
顔の側面ではなく、頭の上で音が聞こえる。
それと、お尻のこの重たい感触はなんだ?
やたら柔らかい体をひねって振り返ってみると、鎌の尻尾が揺れていた。
「おお、私、猫になっとる……!」
久しぶりに声も出せたな。
鳴き声だけど。
今度こそ支配成功みたいだ。
人間には程遠いけど、久しぶりに感じるあったかい体の感覚……。
感無量だわ……。
「にゃん」
「んにゃーん」
「ふにゃぁ」
兄弟たちが私に体をこすりつけてきた。
もふもふを全身に感じる。
まるで羽毛の海を抱かれている気分だ。
……おっといけない。
癒やされすぎて眠くなってきた。
今、夕刻か。
夜の森は怖いぞ。
日があるうちに猫の体に慣れておかないと。
ちょっと外で運動してくるにゃー、と兄弟たちに別れを告げて、私は巣穴の外に飛び出した。
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