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7 寄生樹


 起床――。

【若虫】になったときと同じように、抜け殻が転がっている。

 フォルムチェンジ成功みたいだな。


 羽こそ生えてないけど、体がひと回り大きくなって、若虫のときより動きが3倍くらい速くなった。

 これで、私も一端の大人だ。

 社会人ならぬ社会ダニとして誇りを胸に生きていこう。


 しかし、胸とか言ったが、ダニの胸ってどこだろうね?

 ずんぐりしていて、どこが腹だか胸だか頭だか判然としない。

 ……どうでもいいな。


 そして、成虫のまま2日を過ごし、私はひとつの節目にぶつかったのであった。


『種族レベルが最高値に達しました。【Lv.100】』


 そう、ついにレベルカンストしたのである。

 コツブヨワダニLv.100――。

 私より強いコツブヨワダニはもうこの世界のどこにもいない。

 コツブ界の頂点に私は立ったのだフハハ。

 キング・オブ・コツブと呼んでくれ。


 いや、呼び名とかどうでもいいんだ。

 目下、私の関心事はただひとつ。


 ――種族進化できるか、否か。


 この一点のみである。


 私は丸い石の上にちょこんと座った。

 そして、待った。

 体がまばゆい光に包まれて、上位の種族に変身するその瞬間を。


 ただただ待った。

 待ち続けた。

 またLv.1からのスタートかなぁ、とか思いながら。

 新しい種族名はデカツブツヨダニかなぁ、とか思いながら。


 …………。

 ………………。

 ……。


 しかし、何も起きない。


 それでも、待った。

 何か起きるその瞬間を。


 ピュー、と冷たい風が吹き抜けていった。

 哀れな私をあざ笑うように。

 それでも私は待ったよ?

 やがては人間になれるかも、とか思いながら。


 ………………。

 ……。

 …………。


 しかし、何も起きない。

 待てど暮らせど何の変化も訪れない。

 結局私は石の上で一昼夜を過ごしたが、別に何も起きなかった。

 ただ、お腹が減っただけだ。


 ヤバイ泣きそう。

 これ、上位の種族に進化できないパターンだ。

 進化を繰り返して最終的に人間になったりできないパターンだ。

 それに、Lv.100だから、もう成長できないという罰ゲーム付き。


 現実は無慈悲だなあ。

 ダニはメンタルが強靭だから泣き喚いたりしないけど、さすがにショックがデカイ。

 要するにさ、私は一生涯ダニのままってことだろ?

 人間に戻る道は完全に絶たれたと言っていい。

 私はダニとして生き、ダニとして死んでいくのだ。

 誰にも知られることなく、どこかの木陰でひっそりと。


 いやあ、辛いわコレ……。

 でもまあ、アレだな。

 ポジティブ・シンキングだ。

 強がりを言うようだが、聞いてほしい。


 ダニも意外と悪くないなって思うんだ。


 ダニになってからの数日間、私はけっこう楽しくやってきた。

 人間だった頃に感じていた将来への漠然とした不安とか微塵も感じないし、学校の成績とか、自分のルックスとか、そんなどうでもいいことに振り回されてナイーブになることもなかった。

 ただ毎日、美味しい血だけを求めて這い回るシンプルな生活だ。


 悩み?

 ないね。

 マジでひとつたりともない。

 だって、ダニだしな。

 中顔面何センチとか、平均胸囲は何カップとか、全部どうでもいいんだわ。


 見なよ、この世界。

 すごくない?

 めっちゃ広くない?

 私はなんてちっぽけなんだろう。

 そんな私の悩みとか葛藤とかホントどうでもいいんだよな。

 些事よ、些事。


 もうね、私、血さえ美味しければそれでいい気がしてきた。

 ダニ最高じゃん!

 もう最高じゃん、ダニこれ!


 最高だよね?

 ね?


 …………。


 ……とまあ、いろいろ強がりを言ってみたものの、やっぱり人間に戻りたいなぁという想いは拭えない。

 ダニも意外と悪くはないんだけどねえ。

 やっぱり人間がよすぎるのよ。

 熱い風呂に入ってあったかい布団で寝て、美味しいグルメをたらふく食べて、増えた体重に戦慄して。

 私はそんな人間生活が恋しいよ。


 アニメ観たい。

 漫画読みたい。

 ごはん食べたい。

 あああああああああああ……。


 石の上でヘソを曲げていると、私の前を何かが横切った。

 キツネっぽいな。

 でも、美味しそうな匂いがしない。

 それに、妙にフラフラしている。

 そして何より、背中から木が生えている。

 なんだあいつ……。


『分類名【寄生樹】』

『種族名【骸喰椿ムクロツバキ】:屍に根を下ろして、養分を得る。』


 ほっほう。

 キツネの死骸と寄生植物のコンビというわけか。

 ま、歩く木がいるんだから、寄生樹くらいいるよね。


 死体を操って日当たりのいい場所に移動できるから生存競争で優位に立てるんだろうなあ。

 すごいなあ。


 とアホ面で感心していた私だったが、電撃的に閃いてしまった。

 あの寄生樹から寄生スキルを奪えれば、私は人間に寄生できるんじゃないか、と。


 うおりゃああああ……ッ!!

 私は考えるより先に全力の【かまいたち】をぶっぱなしていた。

 横薙ぎの一閃が寄生樹を根元から切り落とした。


 よろよろと惰性で2、3歩進んでからキツネの亡骸はバタリと倒れる。

 しかし、寄生樹は倒れなかった。

 断面から新しい根を伸ばし、水槽から逃げ出したタコのようにキツネに這いよっている。


 こっわ……。

 完全にホラーだ。

 見た目だけならダニの私も大概ホラーだけどな。


 私はうねる根を駆け上がり、樹液のしたたる断面に自分の牙を突き立てた。

 ……お、意外と美味しい?

 フローラルな香りに、どことなく肉の旨みを感じる。


 そっか。

 こいつはキツネから養分を吸っているから、キツネ味に仕上がっているのか。


 死肉じゃなければ、もっと美味しいんだろうなあ。

 これ、生きた動物に移植して生き血と樹液のジュースを作れないだろうか。

 どの動物が一番うまいジュースを作れるか飲み比べてみたいな。

 だいぶ絵ヅラやばいけどな。

 私ゃダニのマッド・サイエンティストだ。


 そうこうしているうちに、私の頭の中に毎度お馴染みのセンテンスが浮かんできた。


『スキル【宿主支配】を獲得しました。』


 うッ、おおおおおおッ!!!

 き、きき、来ったあああああああああ!!!

【宿主支配】だってよ!

 これ、寄生した相手を支配できるヤツでしょ!

 うおおおおおおおおおおおお!!!


 私は興奮のあまり後ろ脚で立ち上がって、残りの6本脚でガッツポーズした。


 人間だ。

 人間を探そう。

 そして、寄生するのだ。

 そうすれば、私は人間の体を手に入れられるぞ。


 寄生される人間はどうなるんだろう?


 ふと、そんな疑問が湧いて腹の底に冷ややかな感情が広がったが、うおおおおおおお!!

 余計な感傷は心の雄叫びで吹っ飛ばしておいた。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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よろしくお願いします!

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