5 ダニとして生きる
うーむ……。
木のてっぺんから【遠視】で見渡して、私は困惑のため息を漏らした。
あの、すみません。
地球の月って何個でしたっけ?
私の目には3つに見えるんですけど。
太陽と並んで四連星のようにピカピカ輝いている。
どうなってんだ、こりゃ?
おかしいのは、それだけじゃない。
遠くの空には島が浮かんでいる。
その上をV字編隊で飛んでいるのはどう見てもドラゴンだ。
おまけに、森の木々はコバルトブルーの葉っぱをつけているし、なんなら根っこを脚にして歩いている木まである。
なんだろうね、これ。
すんごくファンタジーな景色が私の前に広がっている。
……まるで異世界だな。
しばらく呆然としてから私は心の中でそんな感想をつぶやいた。
これも、夢?
夢ならなんでもアリだけど、……うーん。
正直そろそろキツくなってんだよね、夢で言い訳するの。
一向に眠りから覚める気配はないし、むしろ、ダニの体に慣れれば慣れるほど意識が研ぎ澄まされていく気さえする。
これ、そろそろ認めないとダメだよな……。
実は薄々気づいていたんだ、夢じゃないってことには。
認めたくなくて気づかないフリをしていた。
でも、逃げずに受け止めなきゃダメだよなコレ。
目の前のリアルをまっすぐにさ。
なぁおい、私よぉ。
お前さぁ、なんか異世界に転生してないかぁ?
それも、聖女でも悪役令嬢でもなく、ダニにさ……。
してるよね、コレ……。
絶対してるヤツだよね……。
私はげっそりして、葉っぱの上に転がった。
世界で一番小さな魔物【コツブヨワダニ】か。
数ある中から1番ダメなの引いてしまったな。
どんだけ運悪いんだよ私ぃ……。
うああああああ……。
私ゃこれからどうすりゃいいんだあ!?
こんなダニの体で生きていけってのかよおおおお。
絶望の余り泣きながら地べたを転げまわってもいい場面だ。
でも、涙の一滴も出やしない。
ダニだもんな。
幸か不幸か、ダニゆえに絶望感も長続きしなかった。
さっきまで嵐の海のように荒れていたけど、今はもう日向の金魚鉢みたいに穏やかな気分だ。
こいつら、感情とは無縁な原始的生物だしな。
ダニは悩んだり、くよくよしたりしないのだ。
今はダニであることに感謝だな。
……さて、ちょっと冷静になったので状況を整理してみよう。
事故死した私は異世界のダニに転生しました。
これはもう確定として、問題はこれからどうするか、だな。
ない首をひねって私は思考を巡らせた。
もしかしたら、もう一度死ねばワンチャン人間に戻れるかもしれない。
でも、試す気にはなれないな。
転生できなきゃ死あるのみだし。
仮に転生できたとしても、今度はゴキブリかもしれない。
フナムシとかも地味に嫌だな。
目下、私にできることは生きることだけだ。
ダニとして生きていくことだけ。
このどこだかわからない世界でしぶとくね。
生きてさえいれば、そのうち人間に戻るチャンスもあるかもしれない。
そう信じて。
となると、まずはスキル集めからだな。
クモに食われて死ぬとか絶対に嫌だもん。
天敵を屠れるスキルが欲しいところだ。
血を吸って吸って吸いまくってスキルを増やしていくのだ。
で、ちょっとずつ強くなってやる。
天敵のいない最強のダニ――。
これが、私の目標だ。
大丈夫。
私には人間の知恵がある。
きっとなんとかなるだろう。
目標が決まると、後ろ向きな気持ちはどこかに飛んでいった。
とっとと動くか。
ダニの一生は短い。
今を悔いなく生きるのだ。
バサ――ッ。
上空から舞い降りてきた鷹が木の枝で羽を休めた。
鳥類は大好物だ。
さっそく、いただくとしよう。
よこせ、お前の血を。
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