37 死闘
「やっこさん、逃がす気はねえってよォ」
プガーロは分厚い木の壁に拳を打ちつけて諦念を浮かべている。
私の【かまいたち】でもレオの【獣牙】でも壁はびくともしなかった。
背中に『魔鎧』が迫ってくるのを感じる。
「ジュバクロウ。……【樹縛牢】か」
【暗黒操作】に【石化の魔眼】、それから【解析阻害】ときて、そこに【咆哮】と【樹縛牢】だ。
いくらなんでもスキル多すぎだろ。
この世界じゃ、ダニみたいに弱い生物ほどスキルに頼って暮らしている。
人間みたいな勝ち組種族はスキル1つまでってルールでバランスを取っているのだ。
アンデッドとはいえ、元・人間であるはずの『魔鎧』がこんなにスキルを持つなんて。
……いや、プガーロによるとアンデッドではないのか。
じゃあ、一体こいつはなんなんだ?
「……」
ここにきて、私はひとつの推測にたどり着いた。
私だからこそ思いつく、とある可能性に。
「試してみたいことがある」
私はレオとプガーロに強い目で告げた。
「二人は『魔鎧』の気を引いてくれ。これが生き残る唯一の方法だと思う」
勝負をかけるなら、照明弾がある今のうちだ。
「わかったわ、ダニー!」
「オレにゃ下策しかねえ。旦那の案にかけるぜ」
二人は双子の兄妹みたいにニカッと笑うと、『魔鎧』の周囲を駆け始めた。
「こっちよ、ボケ鎧!」
「オラァ、来いや腐れカス野郎ォ!」
【閃烈斬】が二人を襲う。
私は『魔鎧』の視線が切れた一瞬の隙を突いて、【敏捷】で急加速した。
その瞬間、待ってましたとばかりに『魔鎧』の目がこちらを向く。
私は地面だけを見た。
剣が砂を噛むジャリ、という音がする。
体を半歩ずらすと、斬撃がすぐ脇を抜けていった。
脇腹に熱感を覚える。
少しかすったらしい。
だが、それでいい。
最速で突っ込め。
『魔鎧』が二閃目を撃とうとする。
だが、それより私の剣のほうがわずかに早く届く。
狙うは首――。
私は剣に力を込めた。
……そして、辺りが暗くなった。
照明弾が木立の向こうに落ちたらしい。
黒い影が『魔鎧』を覆った。
盾か。
なら、突き技で隙間を――
ドン。
腹に嫌な感触がした。
私の腹に黒いものが刺さっていた。
私はてっきり盾形態でガードするものだと思っていた。
だが、『魔鎧』は守りより攻めを採ったらしい。
剣形態で迎え撃ったのだ。
こりゃ一本取られたな。
でも、まだ終わりじゃない。
次々に体を闇の刃が貫いていく。
私はそんなのどこ吹く風で、『魔鎧』に飛びかかった。
剣を捨て、首を両手で掴む。
下から伸びてきた銀の刃が私の肋骨の間をすり抜けた。
心臓を串刺しにして背中に抜けていく。
どうでもいい。
私の勝ちだ。
「かまい、たち……」
私は血を吐きながら、そうつぶやいた。
手のひらの内側で風のギロチンがぶつかり合う。
お前の正体には見当がついてるぜ。
弱点はここだろ?
私もここに寄生しているからわかるんだよ。
『魔鎧』の頭が吹っ飛んだ。
体が糸を切られた操り人形のように力なく崩れ落ちる。
鉄兜は二度弾んでから、岩に当たって止まった。
首の断面からヘビのようなものが無数に這い出してくる。
生きたままオーブンに放り込まれたタコのように頭がのたうち回っている。
よく見れば、ヘビでもタコでもない。
木の根だ。
私の推測はハズレだな。
てっきり私と同じダニだと思ったけど。
それは、いつか見た屍を乗っ取る寄生樹。
【骸喰椿】だった。
ま、どっちでもいいけどな。
勝ちは勝ちさ。
私は前のめりに倒れた。
「りゃあああああッ!!」
煌々と輝く【獣牙】がタコを切り裂いた。
視界が白くなっていく。
不思議な感覚だ。
意識ははっきりしているのに、景色と音が遠くなっていく。
この体はもう終わりだな。
人間らしい想いをさせてくれてありがとよ、ガルスス。
私は宿主から飛び出した。
「ダニー……!」
「おい、旦那ァ!」
レオとプガーロが血相変えて駆け寄った。
でも、見ているのは私ではなかった。
血だまりに沈むガルススのほうだった。
レオはガルススを乱暴に抱き起こして、その顔を覗き込んだ。
眉が八の字になっている。
今にも泣きそうだ。
「お、オレはどうしちまったんだ。負けたのかァ? 死ぬのか、ヘヘ……」
それは、久しぶりに聞くガルススの声だった。
「悪かねえなァ。可愛いニャンコに……送られる、なら……」
ガルススの目から光が消えた。
レオのこぼした涙がガルススの頬で弾ける。
「たしかに受け取ったわ。ダニーの気持ち」
ん?
私の気持ち?
なんかレオの奴、頬を赤らめてないか?
……そういえば、言っていたな。
可愛いニャンコのくせに強いじゃねえか、ってプロポーズされたいって。
じゃあ、なにか?
私は今、勘違いラブコメを見せられているのか?
ちなみに、この場合の『可愛いニャンコ』ってシックルテールだった頃の私だと思うけど。
【宿主支配】を使用されている間、宿主は眠っているような状態らしいからね。
「バカ野郎おお! あんたは勝ったんだよおお!」
泣きべそのプガーロがガルススの胸にしがみついた。
「勝ったってなあ、あんたが死んだら意味ねえんだよお……! うおおおおおお!」
プー、あんたもなかなかイイ奴だねえ。
私は涙腺ないけど泣いちゃいそうだよ。
「ダニエルさん! ダニエルさぁあん……!」
フリッシ君も人目をはばからず泣いている。
木の牢の隙間に体を押し込もうとして、しかし、うまくいかず、拳に血が滲むほどバシバシと叩いている。
ほかの冒険者たちも顔から色を失っていた。
座り込んで泣いている奴も多い。
酒代欲しさに行商人を殺して生計を立てていたろくでなしの最期だ。
これだけ大勢の人に慕ってもらえたなら、奴も本望だろうよ。
よかったね、ガルスス。
レオが心配で、私は垂れた銀の尾を駆け上がった。
彼女は月を見上げていた。
「あたしが弱かったから、ダニーが死んだ」
そんなに思い詰めないでくれ。
いや、ホントに。
「あたし、強くなるから。あんたに恥じない戦士になるから」
そっか。
頑張れよ、レオ。
私はもう声をかけてやることもできない。
でも、君の未来に幸多からんことを心から願っているよ。
相棒だからね。
私は8本脚で風を掴んでレオの肩から飛び下りた。
『魔鎧』彷徨えるアルナマガル、討伐――。
負傷者3名。
犠牲者1名。
ここに、私の初依頼は幕を下ろしたのであった。
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