36 奮闘
黄金の光が夜の森を照らした。
寝起きだったら釈迦の降臨と勘違いしたかもしれない。
その光の中央にいるのはプガーロだ。
どうやら聖拳術士って話は本当だったみたいだな。
「入ったァ! フルヒットだぜ!」
ガントレットでガッツポーズを飾り、プガーロはホームランを打った四番みたいな顔をしている。
しかし、『魔鎧』は倒れない。
少しよろめいただけだ。
「安心しろォ! 聖拳ってのは敵をぶっ飛ばす技じゃねえ! 意外とこんなもんだぜ? 拍子抜けだろ!」
気持ちよさそうに破顔しているプガーロに私は助走をたっぷりつけたドロップキックを食らわせた。
ッォ――――ッ!!
すぐ足の先を斬撃が抜けていく。
【閃烈斬】だった。
『魔鎧』は剣先で地面をなぞり、なおも斬撃を飛ばそうとしている。
ダメージが入っているようには見えない。
「プー、聖拳でイチコロって話だっただろ?」
「そのはずだァ……! なぜだ!? 野郎、アンデッドじゃねえのか!?」
「あんたのへなちょこパンチが雑魚すぎんのよ!」
レオは両手の爪をクロスさせて高速の斬撃を受けきった。
「馬鹿言え! 今のは上位のアンデッドでも致命打になる一撃だぞォ! 『六怪』とはいえ怯みもしねえわけがあるか!」
じゃあ、なんでだ!?
あの黒塗りの鎧に【聖属性無効化】みたいな効果でも付与されているのだろうか。
それとも、聖騎士ゆえに耐性があるとか?
「旦那ァ、奴はアンデッドじゃねえ! それだけは確かだァ!」
経験豊富なプガーロが言うならそうなんだろう。
私は【かまいたち】で細かく牽制しつつ【熱量可視化】を発動した。
サーモグラフィみたいな赤と黒の視界に変わる。
プガーロが赤、レオの【獣牙】はそれより高音の白に見える。
しかし、『魔鎧』は冷たい色をしていた。
黒と青。
体温は感じられない。
つまり、生きていないはずだ。
それに、鎧の隙間から見える皮膚も朽ちているように見える。
『…………』
うおっと、あっぶね……。
目が合った。
石にされるところだった。
「ダニー、どうすんのよ!?」
レオがパニクって訊いてくる。
私は駆け出しのペーペーだぞ?
判断なんかできるか。
プガーロは何か意見ない?
「まだ退き時じゃねえ。だが、糸口も見えねえなァ」
それ!
私もそう言いたかったんだ。
わかったぁ、レオ?
つまり、お手上げってことさ。
「何かきかっけが欲しいね」
「だなァ。旦那、とりあえず奴を引っかき回すぞ。撤退するにしても手の内は全部暴いときてェ」
「そういうことなら、あたしの出番だわ!」
勢い込んで突っ込んでいくレオが不安なので、つかず離れず私も遊撃する。
隙を見てプガーロが聖拳を叩き込むが、まぶしいだけで効果は絶無だ。
光魔法が照明弾のように森を照らしている。
厄介な【暗黒操作】がないおかげか、ずいぶんと立ち回りやすい。
レオの爪が胸部プレートを引き裂いた。
プガーロの拳がヘルムを陥没させる。
私のうねるような剣が鎧の指を斬り飛ばし、腹の中央に突き刺さった。
【暗黒操作】のない『魔鎧』は盾も槍も持たない密集陣形と同じだった。
囲んで叩けば端から削れていく。
聖拳が効かないなら、バラバラにしてしまえばいいのだ。
「いけるぞォ! 押せ押せェ!」
「そこッ!」
レオがスライディングしながら『魔鎧』の膝の裏を蹴った。
鎧が大きく傾く。
これとわかる隙ができた。
レオは軽々と2メーター近く跳躍すると、両手を重ねて10本爪で踊りかかった。
「【獣牙扇斬】――!!」
『魔鎧』は剣で受けた。
しかし、扇のように広がる10本の爪すべてを受けきることはできなかった。
鎧の断片が割れたガラスのように飛び散る。
もげた左腕が地面を転がった。
片膝を地につき、片腕を失い、剣を持つ手には指がない。
絶好機だった。
「死ねやオラアアッ!!」
プガーロが聖もクソもない罵声を轟かせ、猛然と拳を振りかぶった。
その時。
『魔鎧』が吼えた。
オオオオオオ――――――ッッ!!!!!
森が揺れた。
気づけば、私は地面に手をついていた。
体が自分のものではないみたいに言うことを聞かない。
いや、そもそも私のものじゃないがな。
「これは、【咆哮】だァ。こいつ、大型魔物のスキルを……」
そう言うプガーロもうずくまっていた。
至近距離で【咆哮】を浴びたレオは耳から血を流している。
にゅ――。
『魔鎧』の左肩からヘビのようなものが這い出してきた。
大小無数のヘビが砕けた鎧をかき集める。
そして、左腕を形作った。
右手の先からも這い出してきて剣に巻きつく。
『魔鎧』は大上段に剣を振り上げると、赤い目でレオを見下ろした。
『ゴウ……ダン、ハ…………』
ヤバッ!!
私は【伏魔】用の2本目を抜き放ち、剣の真下に滑り込んだ。
「奇剣【流――――
ズガアアンン、と両腕に衝撃を感じた。
「重……ッ」
肩が嫌な音を立てる。
振った瞬間がまったく見えなかった。
私は地面に倒れ込むようにして、重い一撃をかろうじて流しきった。
「ぁ……」
流したはずなのに衝撃で飛ばされた。
砲弾が足元に落ちたみたいだった。
【豪断波】か【剛弾破】か知らないが、今のはヤバイ。
次に喰らえば、剣か腕か、あるいは両方が折れる。
「無事か、旦那ァ! 嬢ちゃん!」
積もった土砂を払い除ける。
私はクレーターの底に埋もれていた。
「……ぷッハア!!」
隣でレオがモグラみたいに顔を出す。
「無事だ、二人とも!」
「そいつァ、ラッキーだ。だが、こっちはアンラッキーだな……」
プガーロの傍らに部下二人がうずくまっている。
頭から血を流しているな。
飛び散った岩が当たったらしい。
戦闘継続は無理だろう。
照明弾がゆっくりと森に落ちていく。
光魔法は生命線だ。
あれがなくなれば、再び【暗黒操作】の脅威にさらされる。
潮時だな。
「撤退だ! 退くぞォ!」
プガーロが二人を担いで駆け出した。
私も【かまいたち】で牽制しながら後に続く。
ガルル、とまだ戦意を見せるレオだが、退き時がわからないほど馬鹿じゃない。
「今回は完敗だな」
でも、貴重な情報を得られた。
次回は情報を元に作戦を見直せばいい。
照明弾で闇を払ってから飽和攻撃を加えれば、案外、あっけなく倒せるかもしれない。
生きてさえいれば次がある。
負けて学ぶものもある。
次に活かせばいいのだ。
『ジュ……バ、クロゥ…………』
背中にそんな声が聞こえてきた。
そして、地面の下を何かが這うような感覚がした後、私たちの前に壁が立ち上がった。
木の壁だった。
枝や根が絡み合うようにして高くそびえ立ち、空を覆っていく。
「おいおい、閉じ込められちまったぞォ……」
「そうみたいだねえ……」
私たちは木の鳥籠を見上げて苦々しく笑った。
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