32 出発
朝が来た。
出立の朝が。
寝ぼけ眼をこするレオの手を引いて、私は城門前に向かった。
集合場所には、すでにフリッシ君の姿があった。
商会の専属冒険者たちにキリキリと指示を飛ばしている。
ルヴィちゃんやスウィーテ先輩も一緒だ。
そして、この人。
城壁を背に腕組みするのはプガーロである。
「悪りィな。飛び入り参加しちまってよォ」
「プガーロさんほどの実力者なら、むしろこちらからお願いしたいところですよ」
今日もフリッシ君は爽やかな風を吹かせている。
「ダニエルさんも来てくださって本当にありがとうございます。実は僕、ついさっきまで不安でいっぱいだったんです。でも、ダニエルさんの顔を見た途端、うまくいきそうな気がしてきました」
こいつさ、私の手を握って真顔でこんなこと言うんだぜ?
おっさんをドキドキさせて、なんの得があるってんだコノヤロー。
私はまぶしい顔から視線を切って、プガーロの隣にいる二人組を見やった。
「プーの部下だよね」
誰がプーだァ、と熊みたいに唸ってから、プガーロはため息をつく。
「やめとけって言ったんだがなァ、こいつらオレと行くっつって聞きやがらねェ」
「オレらも駆け出しの頃、『魔鎧』に挑もうとしてプガーロの兄貴にぶっ飛ばされたんだ」
「兄貴には感謝してるぜ。おかげでこうして生きていられる」
それが志望動機か。
「愛されてるねえ。さすが、プーさんだ」
「チッ、うるせえよ」
プガーロはフリッシ君をおっかない目で射抜いた。
「魔鎧討伐のためなら協力は惜しまねえ。オレにとっちゃ仇討ちだしなァ。だが、死んだ仲間より生きてる仲間だ。オレはこいつらがヤバくなったら、ほかの連中ほっぽらかして逃げるぜ?」
「「あ、兄貴ぃぃぃぃ!!」」
「ええ、それで構いません。むしろ、プガーロさんが退くべきと考えるほどの状況ならば、そのときは討伐隊全員で撤退するのが上策でしょう」
こんなおっかないデカブツに睨まれているのに、フリッシ君は爽やかなままだ。
「まァ、お前は自宅のソファーにふんぞり返ってオレたちが朗報を持ち帰るのをのんびり待ってりゃいいさ」
「何をおっしゃいますか。僕も行きますよ」
「「え……!?」」
私とプガーロの声がハモった。
相手は200人以上の冒険者を殺したバケモノなんだが。
「戦闘でお荷物になるのは百も承知です。しかし、後方支援ならばできるはずです。物資の運搬に荷馬車の管理。これは商人たる僕の得意とするところです」
フリッシ君は真剣そのものだった。
「商人はとかく金で人を使いがちです。金の切れ目が縁の切れ目で落ちぶれていった商人をたくさん知っています。この町を代表する商会の跡取り息子としては、人の縁を大切にしたい。高みの見物ではいけないのです」
プガーロが静かに拳を握るのがわかった。
顔はやめてあげてー、顔はー。
「ダメだと言ってもついていきますよ。プガーロさん、僕の決意はあなたの拳でも曲げることはできません」
売り言葉に買い言葉で隕石みたいな拳が飛んでいく未来が見えた。
でも、その未来は一向に訪れなかった。
「坊主、お前なかなか見上げた根性してやがるなァ。活きのいい若いのは嫌いじゃねえぜ」
「光栄です、プガーロさん」
いやはや、恐れ入った。
フリッシ君の度胸は大したものだ。
流れが来ていると感じてか、フリッシ君は荷馬車の上に駆け上がり、討伐隊の面々を見渡した。
「魔鎧討伐はフリッス商会のみならず、この町に暮らすすべての人の悲願です。いえ、この町だけではありません。隣町トゥネリーにとっても往来を阻む大きな壁です。壊さねばなりません、この壁を。僕たちの手で打ち砕くのです。必ずや『魔鎧』を討伐し、両町を繋ぐ道を切り開きましょう」
私の拍手に全員が呼応した。
「願わくば、皆さんそろってここに帰らんことを!」
万雷の拍手の中、フリッシ君はそんな言葉で締めくくった。
そろそろ出発って感じだな。
「む?」
漂ってきた香ばしい匂いが私に忘れ物を思い出させた。
「おっちゃん、1本サービスしてくれる約束だったね」
私は焼き鳥屋のおっちゃんにニキッと笑いかけた。
「これから初依頼でね」
「初依頼ってお前さん、まさか魔鎧討伐隊の一員に選ばれてんのかい?」
「まあね」
おっちゃんは目を白黒させた。
しかし、キュッと頬を引き締めると、焼肉の束をありったけ私に押しつけて、
「道中に食いな! 全部サービスだ! ウチの焼き鳥食べりゃ、どんな魔物もイチコロよ!」
そう言って、私の背中をバシンと叩いてくれた。
ありがてえ。
あんた、いい人だよ。
「無理だと思ったら無茶せず帰ってきてくださいね。ダニエルさん、ファイトですっ!」
ルヴィちゃんも天使の笑顔でエールをくれた。
あっちではスウィーテ先輩が目をうるませている。
「帰ってくるのを待ってるわ、プガーロさん」
「おう。必ず帰るぜ」
おっと、いい雰囲気だ。
後で冷やかしてやろうクフフ。
「それでは、出発しましょう!」
御者台でフリッシ君が馬にムチを入れた。
出発だ。
城門をくぐると、鮮やかな緑の草原が広がる。
「ここも久しぶりだなァ」
プガーロは晴れやかな表情だった。
「あんなに町の外が怖かったのによォ、今は何も感じねえな。旦那がオレに立ち向かう勇気をくれたんだぜ? それと、レオの嬢ちゃん、お前もなァ」
「あたしが?」
と、レオは眉根を寄せる。
「どんなにぶん殴られても折れねェお前に胸打たれちまったみてえだ。あんがとなァ、嬢ちゃん」
「フン! 別にそんなの普通よ普通……」
あれ?
レオのほっぺがちょっと赤くなっている。
おいぃ……!
私以外の男にポッとするなよぉ。
お前、強ければ誰でもいいのかよぉ。
じゃあ、もう同族の男子にボコられて嫁に行っちまえー!
「それになァ、隣でこんだけ飲まれりゃ怖がるのがアホらしくなるぜェ」
焼き鳥片手に酒瓶を傾ける私がプガーロの精神安定剤らしい。
「だいじょぶ、だいじょぶ。正体をなくすほどは飲まないからさ。私の場合は飲んでいるほうが強いんだよヒヒヒ……。気分いいぜ」
「おい、本当にこんなんで大丈夫なんだろうなァ」
「ダニエルさんですから大丈夫ですよ」
「そうよ! ダニーは最強だもん!」
振り返ると、城門の上に多くの人影が見えた。
太鼓を叩いて声援を送ってくれている。
頑張ろう。
私はそう胸に誓った。
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