31 冒険者通り
プガーロと別れて私は宿に戻った。
先に戻っていたレオがベッドの上であぐらを組んで何かしている。
ちなみに、下着姿でだ。
「明日、いよいよ出発でしょ? だから、準備してんのよ!」
と、レオは犬歯をニカッと覗かせた。
「明日の準備か。私、レオは遠足の当日に慌てて支度して結局忘れ物するタイプだと思っていた」
「いい加減みたいに言うんじゃないわよ!」
出会って日の浅いおっさんの前で平気で下着になれる子は十分いい加減だと思うぞ?
でも、準備はいいことだ。
私も取りかからないと。
「しかし、何から手をつけていいかわからないな。依頼とか初めてだしなぁ」
途方に暮れていると、レオが猿の子みたいに飛びついてきた。
そして、私をよじ登りつつ言う。
「あたしがダニーに教えてあげるわ!」
おう。
それは助かる。
でも、めちゃめちゃ嬉しそうだな。
なんでだ?
「ダニーの力になれるわっ! んふふ!」
尻尾フリフリで楽しそうに飛び跳ねるレオ。
そういえばこの子、自分より強いと認めた相手には甲斐甲斐しく尽くしてくれるんだよな。
フフフ可愛い奴め。
「なによ?」
「いいや。レオを嫁にしたい男の子たちの気持ちがわかったってだけだ」
「……そ、そう。ふーん」
頭をなでてやると、レオは頬をりんごみたいに赤くした。
◇
「こっちよ! ついてきなさい!」
宿を出た後、レオはいくつかの通りを素通りして、入り組んだ路地に入った。
そこは、ほかの通りとは毛色が違う場所だった。
まず、通行人がみんな冒険者だ。
鎧を着込んだり、でっかい剣を背負っていたり。
中世縛りの仮装パーティーかと思ったわ。
軒を連ねる店も個性派ぞろいだ。
傘立てに大量の剣をぶっ刺した店とか、魔物の素材をバカみたいに積み上げた店とか。
ガラクタ置き場にしか見えないアレは魔道具屋といったところか?
暗くてジメジメしているし、客層はみんなチンピラ風だし、いいねえいいねえ。
アナーキーな感じで、私は嫌いじゃないよ。
「ここが、ファウートの冒険者通りよ!」
レオは私の前で得意げに両腕を広げ、そのまま後ろ向きに進み始めた。
前見ろ、前。
今に誰かとぶつかって喧嘩になるんじゃ、と私はちょっと楽しみだったりするフフフ。
「店主も店員もガタイがいい奴ばかりだね。元・冒険者とか?」
「そうね。30過ぎたら引退して自分の店持ちたいって冒険者はみんな言ってるわ」
プロ野球選手かよ。
しかし、周りが引退する年齢でまだデビュー前の私はなんなんだ?
一発当てたら私も自分の店でも持つかな。
将来プランを練りつつ、私はガイド役のレオに言われるがままに冒険者グッズを買っていった。
砥石だろ、火打ち石だろ、光の魔石だろ、防寒着に寝袋、予備の武具などなど。
最初に背嚢を買って大正解だ。
すぐに両手じゃ抱えきれなくなった。
「今回は近場だからこんなもんかしらね!」
「遠征は大変そうだな」
「携行食も買うわよ!」
「あと、忘れちゃいけないのが酒だ」
ゲシッ。
レオの肘鉄が脇腹に刺さる。
大事だろ、酒。
命の次くらいにな。
お子様にはわからないか。
可哀想に。
ドン――ッ!!
重いものが落ちるような音がして、足の裏に衝撃が伝わった。
きゃああ、と悲鳴も聞こえる。
積荷が崩れていた。
その下に子供がうずくまり、母親らしき女性が恐慌状態に陥っている。
「足からかなり血が出てるね。もったいない」
「ポーション屋の目の前じゃない。運がいいわね。……も、もったいない?」
「あれがポーション屋か」
「ダニー、今もったいないって」
「忘れてくれ」
小瓶を並べた店の前で店主らしき男が難しい顔で腕組みしている。
聖職者みたいな格好だ。
首からは星型の十字をぶら下げている。
「ポーションを譲ってもらえませんか、子供が怪我して大変で」
「ええ、お譲りしましょう。好きなだけ持って行ってください」
そう言う割に、店主は母親の前に壁のように立ちはだかっている。
ここは通さんとばかりに。
「もちろんお支払いいただけるのですよねぇ?」
私は小瓶にくくりつけられた値札を見た。
「ポーション、高っか!」
武具一式よりよっぽど値が張る。
スキルがあれば酒で代用できるのに、なんでこんなに高いんだ?
「女神様の神力が宿っているのですから安いはずもありません」
店主がムッとして睨んでくる。
神力って……。
聖職者風の店主に、やたらと高いポーション。
このヒントから私はだいたいの事情を察した。
「教会が独占しているのか」
神だなんだと屁理屈こねて流通を牛耳る。
そうすれば、いくらでも価格を釣り上げられる。
教会はボロ儲けだ。
「独占などと人聞きの悪い。そもそも治癒薬とは神の奇跡なのです。女神様に仕える我々のような敬虔なる聖薬師しか作ることはできないのですよ?」
チラッと道行く冒険者に目をやる。
みんな、何言ってやがるボッタクリ野郎がァ、って顔をしている。
だよね。
だと思った。
「それで? 治癒薬を買う気はあるのですか? ないのですか?」
怖い顔で詰め寄られ、母親は狼狽するばかりだ。
そうこうしているうちに、子供の周りには血の池ができてしまった。
見てられないね。
私は酒瓶のコルクを親指でかっ飛ばして店主のおでこにぶち当てた。
で、中身の聖なる液体を子供の患部にドバドバぶっかける。
すると、あら不思議。
傷はあっという間に消えてなくなりました。
「見たまえ、酒の奇跡だ」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
私という神の降臨に母親氏は平身低頭している。
ハハハ苦しゅうない。
「女神様への冒涜だ!」
店主が爆発した。
「卑しく下等な腐れ冒険者の分際で生意気な口を利きやがって! お前たちのような下衆にはな、女神様の恩恵を授かる資格などない! このチンピラどもが!」
あーっと、ここでは言っちゃいけないセリフのオンパレードだ。
「んだとォ、てめえオラ!」
「調子こいてんじゃねえぞ、ボッタクリ野郎がァ!」
「教会がナンボのもんじゃ腐れボケごらぁ!」
冒険者たちが人間雪崩となって店主に襲いかかった。
言わんこっちゃない。
「スカッとしたわ! ダニー!」
「いぇーい!」
レオとグータッチする私であった。
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