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30 プガーロ


「りゃあアアア――ッ!!!」


「ぎゃふーん!!」


 一晩開けた早朝。

 今日も今日とて私はレオの稽古に付き合わされていた。


 昨夜のバーでの件は、レオには話していない。

 たぶん、聞く耳持たないだろうしな。

 でも、涙ながらに話してくれたスウィーテ先輩にも報いたい。

 なので、少しだけ教えてやろうと思う。

 人生1周目のレオに、人は簡単に死ぬってこと。


「そこォ!!」


 無様に倒れる私にレオが大技かかと落としを仕掛けてくる。

 この技はまだ見せてないよね。


「奇剣【伏魔】――!!」


 私は隠していた2本目の剣を突き出した。

 ヘビのように曲がる剣撃をレオは難なく避けてみせた。

 そこまでは、織り込み済み。


「【かまいたち】!!」


 と見せかけて、私は【敏捷】全開でレオの首を掴んだ。

 そのまま城壁に叩きつける。

 剣を首筋にあてがえばチェックメイトだ。


「くぅー! またあたしの負けだわ!」


 壁に押しつけられたまま浮いた脚をジタバタさせるレオ。

 私はその首に刃を押し込んだ。

 だらぁ、と血が垂れて、襟首に赤い染みが広がっていく。


「だ、ダニー……?」


 まさか本当に斬られると思っていなかったらしく、レオは眉を八の字にしている。

 私はさらに1ミリほど刃を入れた。


「ここに太い血管があるんだ。頸動脈って聞いたことあるでしょ? ここ切るとレオは死ぬよ。そしたら、もう生き返れない」


 至近距離で【威圧】をかけながら、私はさらに1ミリ押し込んだ。

 酒も好きだけど、私は血のほうが好きだ。

 だから、わかる。

 あと1ミリで傷つけちゃいけないところに達すると。


 私は剣を捨てて、傷口に人差し指を突っ込んだ。


「ぐ、あが……あっ」


 レオは体を石みたいに硬直させている。

 今、動いちゃいけないってわかっているんだね。


 ドクンドクンと熱いものが伝わってくる。

 鼓動はどんどん早くなっていく。


「レオ、死んだら終わりだからね。生きてナンボだってこと忘れちゃだめだよ?」


「……っ! ……っ!」


 瞬きだけでなんとか了解を伝えようとするレオを、私はそっと下ろしてやった。

 酒をかければ、傷も元通りだ。


 私の忠告が少しは伝わればいいけど。


「な、なんであたしの血を舐めるのよ……?」


 おっと、人差し指をしゃぶっているところを見られてしまった。

 味、気になるじゃんね。

 できれば、本体で直接飲みたかったよ。


「ダニー、もう一本!」


 尻餅状態から腕の振りだけで立ち上がってレオは胸にふたたび火を灯した。


「だめ。レオはもう死んだら次はない。また明日ね」


「うう……」


 ふむ。

 もっともらしく今日の稽古をすっぽかせたな。


 宿に戻ろうとしたところで、私の【振動感知】が動くものを捉えた。

 何者かが城壁の上で息を殺してこちらをうかがっているみたい。


「レオは先帰ってて」


 私は壁を蹴って城壁を駆け上がった。


「げっ、よく気づいたなァ。透視の魔眼でも持ってんのかよォ」


 気配の正体はプガーロだった。

 壁の凸部分にデカい体を隠しているが、広い肩がハミ出していて滑稽だ。


「言い訳させろ。別に始めから覗き見しようと思っていたわけじゃねえ。ふと急に城壁の上を歩きてえ気分になってなァ。言い訳がましいが、嘘じゃねえ」


 そうかい。

 しかしまあ、なんだろうな。

 たまたま行ったバーでただならぬ密談を耳にしたかと思えば、今度は散歩中のプガーロとバッタリか。

 キーマンとの遭遇率がやけに高いような。

 作為めいたものを感じる。

 偶然というより、運命だろうな。

 私たちは知らず知らずのうちにレオのスキルに動かされているのかもしれない。


「あの子、レオとか言ったかァ? すげえな。あんだけ痛めつけてやったのに心が折れてねえ。オレとはデキが違うぜ」


 ハゲ頭をペチペチ叩いてプガーロは情けない顔をしている。


「オレはもう壁のこっち側でしか生きていけねえ。怖ェんだよ、外がァ。昔は通行料を払うのが嫌でよく仲間とこっから飛び降りたもんだがなァ」


「お前、優しい奴だな。憎まれ役を買って出るなんて」


「チッ、なんもかんもお見通しってツラだなァ」


 お見通しもなにも、真相を知る人がゲロと一緒に全部吐いてくれたからね。


「あんたはほかの馬鹿どもとは違う。こう、うまく言えねえが、一歩引いた視点を持ってる気がするぜェ」


 おい、エスパーかよ。

 その推測は大当たりだ。

 私の主体は首の後ろにあるからな。

 大正解よ、ホント。


「ダニエルの旦那ァ、オレを見ろよ。あんたの目にはオレがどう映ってやがる」


「見たまんまを言っていいのか?」


「おうよ。来やがれ」


「負けた大人の情けないツラだな」


「だろォ、へへへ」


 プガーロは力なく笑った。


「名誉も自信も貫禄もねえ、それでも生きてるぜ。生きていけるんだぜ。命さえありゃなァ」


 だな。

 どんなになっても生きていける。

 命さえあれば。

 たとえ、ダニになったとしても。


「生きてさえいりゃ明日は来るんだ、何度だってよォ。楽しいこともたくさんあらァ。生きてさえいりゃあな」


 プガーロは大きな腕をぐるんと回した。


「旦那ァ、あんたも『魔鎧』に挑むんだろォ?」


「ああ」


 私はプガーロを正面に見つめて足を肩幅に開いた。


「オレは仲間を失った。しょんべん漏らしながら一人で逃げ帰った。あんな惨めな思いは誰にもさせたくねえ。旦那ァ、あんたにもだ」


 プガーロがダン、と踏み込んでくる。


「『魔鎧』に挑みてえならオレの屍を越えていけやァ!」


 私はその拳を顔で受けた。

 その上で、腕を掴んで投げる。

 一本背負いだ。

 プガーロは仰向けで倒れ、晴れ晴れした表情で空を見上げていた。


「あんたは強ェ……。オレじゃ止められねえな。行けよ。行っちまえ」


「プガーロ、お前も来い」


「あ? オレもだァ?」


 プガーロは若者を無駄死にさせないために拳を振るった。

 それはそうだろう。

 でも、これは私の勘だが、もうひとつ理由があるんじゃないか?


「お前、才能ある若者が怖いんだろ。追い抜かされるのが怖いんだ」


「あァ? 舐めてんのか、てめえ……」


 大きな体で荒ぶって見せているが、目が泳いでいる。

 図星だと言わんばかりに。


「明日、私たちは魔鎧討伐のために町を出る。翌朝には戻ってくるつもりだ。一番にお前に報告してやろう。お前と仲間たちが倒せなかった『魔鎧』を倒したぞってな」


「てめえ……ッ!!」


 太い腕が私の胸ぐらを掴んだ。

 その手から力が抜けていく。


「それで、ハッパかけてやがるつもりァ?」


 そうだ。

 冒険者はプライドが高くて、自信家で、負けず嫌いだからな。

 こんなこと言われちゃ黙っていられないだろ。


「……旦那にゃかなわねえなァ」


 プガーロは突然城壁から飛び降りた。

 町の外(・・・)にズシンと着地する。

 そして、下から笑い声が聞こえてきた。


「んだよォ、簡単じゃねえかァ! 腹が決まれば怖いもんなんて無ェ! オレぁ腐っても冒険者だからなァ!」


 白い歯がぎらりと輝いた。

 私を見上げてプガーロは言った。


「『魔鎧』の討伐、オレもついていくぜ。旦那ァ」


「そうか。経験者は大歓迎だ」


 頼もしい仲間が増えたもんだ。

 運命かもねえ、これも。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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