29 スウィーテ先輩
「ええっと、こ、これはその……」
スウィーテ先輩はひどく狼狽した様子だった。
慌てて涙を拭い、笑ってごまかそうしたようだが、その顔は引き攣ってしまっている。
プガーロをけしかけてレオに嫌がらせした真犯人――スウィーテ先輩。
盗み聞きした内容からてっきりそう思った。
でも、どうもワケありみたいだな。
「その涙、良心の呵責というわけではないんだろう?」
私はマスターにワインを注文して、話聞きますよという空気を醸し出す。
「私の一存では、その……」
「そう? なら、プガーロの体に訊いてもいいんだが?」
私がそう言うと、スウィーテ先輩は観念したようだった。
それと、マスターがワイングラスを落っことしかけた。
体に訊くを別の意味で捉えたらしい。
誤解だ。
私の好みはデカいおっさんじゃない。
細いイケメンだ。
そう、マスター、あなたみたいなね。
「どこからご説明すればよいやら」
どうも複雑な事情があるみたいだ。
長い沈黙の後、スウィーテ先輩は静かに切り出した。
「私もプガーロさんも誓って悪気はなかったのです。それだけはわかってください、ダニエルさん」
ふむ。
嘘を言っているようには見えない。
続きをどうぞ。
「私たちはただ、レオさんに魔鎧討伐に関わってほしくなかっただけなんです」
「魔鎧討伐に?」
「はい。その理由を説明する前に、プガーロさんの過去に触れたほうがいいかもしれませんね。勝手に話すと怒られるかもしれませんが、事はダニエルさんにも関係があることですので。魔鎧討伐を控えたダニエルさんにも」
スウィーテ先輩は眉間にしわを寄せて悲痛な顔をした。
「あの人は可哀想な人なんです。今から5年ほど前のことです。彼のパーティーは『魔鎧』に挑み、そして、全滅しました。彼一人を残して」
その話はチラッと聞いたな。
「冒険者たちが噂していた。レオが『魔鎧』を倒すとはしゃいでいたから気に障ったんだろうって」
「いえ、決して腹いせでやったわけではありません。あれは、私たちギルドが依頼したことで」
依頼?
レオをボコれってギルドが依頼を出したの?
プガーロに?
なぜ?
「217名……」
「なんて?」
「『魔鎧』アルナマガルに挑み、散っていった冒険者の数です。その多くは20歳に満たない若い子たちでした」
スウィーテ先輩は唇を噛んでうなだれた。
そんなに犠牲者がいたのか。
この世界じゃ小さな町に匹敵する数だ。
「ギルドとて手をこまねいていたわけではありません。『魔鎧』の討伐依頼を扱うのをやめましたし、西の森に近づかないよう啓蒙活動もしてきました。それでも、名誉や名声欲しさに無茶する若い子が後を絶たないのです」
真っ先にレオの顔が頭に浮かんだ。
冒険者ギルドでドヤ顔していたレオの姿が。
「冒険者はとてもプライドが高くて、自信家で、負けず嫌いです。やめろと言えば言うほど、やりたがるものなのです。……口で言って聞かない子は殴るしかないじゃないですか」
またしても、レオの顔が頭をよぎった。
たしかに、絶対押すなと書かれた赤いボタンをニッコニコで肘打ちしそうな子だ。
でも、ようやく見えてきた。
プガーロがレオを執拗に痛めつけた理由が。
心をポッキリ折ろうとした理由が。
「増長した若い子にわからせようとしたのか。力の差を。勝てない相手がいることを」
口で言って聞かないなら殴るしかない。
無茶して死なれる前に、自分の手でボコボコに、か。
「仲間を失う辛さはプガーロさんが一番わかっているんです。あの人は憎まれ役を買って出てくれただけなんです。あの人を責めないであげてください。ダニエルさん、お願いします」
スウィーテ先輩はテーブルに額がつくほど頭を下げていた。
ふむ。
今の話を聞いた後では、プガーロの印象がずいぶんと変わるな。
むしろ、遊園地のお化け屋敷感覚で『六怪』に挑もうとしているレオのほうが悪ガキに見えてきた。
ま、レオはレオで結婚がかかっているから真剣なんだけどね。
「半端に才能がある子が一番危険なんです。増長して、なんでもできると思い込むから」
またまたまたまた、レオの顔が浮かんできた。
でも、もしかしたら、私自身そうかもしれない。
中身の年齢はレオと大差ないわけだし。
「よく話してくれた。正直、納得できたよ」
若く才能のある冒険者を守るために、心を鬼にした男、プガーロ。
不器用な奴だな。
いや、むしろ器用かもしれない。
顔の形が変わるくらいボコボコだったのに、不思議とレオの骨はどこも折れていなかったし、歯の1本も抜けていなかった。
ひと振りひと振り丁寧に殴ったんだろうな。
自分の心を砕きながら。
「ダニエルさん」
うるんだ目が私を強く見つめる。
「『魔鎧』だけはダメです。名誉や名声がお望みならやめてください。あれは、人の手に余るものです。挑めばあなたもきっと後悔します」
そう言われると、返答に困る。
壁代のことを忘れてくれるなら私も聞く耳持つけど。
「……と、言いたいところですが」
スウィーテ先輩は小さく微笑んだ。
「私もギルド職員です。冒険者を笑って送り出すのが仕事です。冒険者であるダニエルさんを止めることはできません。でも、忘れないでほしいのです。人間は簡単に死んでしまうということを」
あー、それ。
たぶん、私は人一倍わかっているよ。
経験者だからね。
「ダニエルさんには女神の耳に念仏でしたね」
それ、釈迦に説法って意味だよね?
馬の耳に念仏って意味じゃないよね?
ね?
「飲もう、先輩!」
「……せんぱい?」
空気が少し明るくなったところで、私はグラスを差し出した。
酒の席で難しい話と悲しい話はマナー違反だ。
楽しく飲むか、静かに飲むか。
どっちかしか認めねえ、とガルススならたぶんそう言う。
こっから先は楽しく飲もうぜ?
「はい、ダニエルさん!」
スウィーテ先輩はグラスを一気に飲み干すと、ボトルにラッパみたいに吸いついた。
そして、息継ぎなしでカラにしてしまった。
いいねえ。
私も負けていられない。
大人の女のパーリナイといこうぜ!
……と思ったけど、こっからが大変だった。
スウィーテ先輩は笑ったり泣いたりしながら踊り狂い、マスターにジャーマン・スープレックスをかけ、そのままの姿勢で嘔吐した。
バケモノかと思った。
この人に酒を飲ませちゃダメだ。
私はスウィーテ先輩の財布で支払いを済ませて、逃げるようにバーを後にしたのだった。
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