27 女子トーク?
宿に戻ってすぐ、レオは不貞寝を決め込んだ。
いつもうるさいくらい声をかけてくるのに、一言も口を利いてくれない。
おじさんは寂しいです。
こっぴどくやられたのが堪えたらしいな。
私は窓辺で一人、月見酒と洒落込んでから床についた。
どうでもいいけど、やっぱり月はひとつのほうが風情があると思うねぇ。
いくつあっても酒はうまいけどさ。
………………。
…………。
……。
草木も寝静まった頃、ふと目が覚めた。
真っ暗な部屋で誰かがゴソゴソしている。
コソ泥じゃあるまいな?
【暗視】を使うと、私の剣を小脇に抱え、そろりそろりと部屋を抜け出すレオの姿が映った。
泥棒猫ならぬ、泥棒ヒョウだ。
けしからん。
それ以上に心配なので私も後を追って宿を出た。
早朝のファウートはびっくりするくらい寒かった。
足元も見えない中をレオは軽やかに進んでいく。
プガーロを闇討ちする気かな。
なら、助太刀するぜ。
とか思ったが、この方角は町の外を目指しているようだ。
ほどなく、城壁が見えてくる。
レオは壁を蹴ると、軽々と城壁の上に駆け上がった。
で、何をしているのかと言えば、凸凹壁の上で高速腕立て伏せしている。
それが終わると腹筋を始め、その次はスクワットだ。
そして、私の剣を抜き放ったかと思えば素振りを始めた。
黙々と一心不乱に。
朝練かな?
「銀豹族はね、15になったら伴侶を決めるの」
突然声をかけられたので、ちょっとびっくり。
気づかれちゃってたか。
たぶん、私が酒臭いからだな。
加齢臭ではないと思いたい。
「今14だから、あたしも来年は決闘を受けることになるわ」
「レオは大人気なんだってな~」
私は凹の部分にお尻をはめて、凸の部分に肘をついた。
なにこのフィット感。
すごい……。
「そう。もうプロポーズだってされたわ。ざっと10人くらいかしら」
私なら逆ハーレム展開に有頂天を極めそうだ。
だけど、レオの声色はずいぶんと重苦しかった。
町の噂でいろいろ聞いている。
銀豹族は、戦士の一族らしい。
昔から屈強な戦士をバンバン輩出し、数々の武勇伝を国内外に轟かせているのだとか。
強者絶対――。
ただ強さだけを追い求める一族では、結婚相手すら決闘で決める。
強いと楽しいだろうね。
でも、弱いとすべてを奪われる。
「レオはどうしたいの?」
「あたし、ケッコンなんて嫌。堅苦しそうだもの。それも負かされて好きでもない奴のところに嫁ぐなんて死んでも嫌!」
力任せに振るった剣が空気を揺らした。
「そんなに嫌なら全部捨てて逃げればいいのに」
無責任と知りつつ私はそう言った。
「逃げられないわよ。あたしは、そういうスキルだもん」
レオのスキル?
「【運命の抑棺】っていうの。因縁のある相手から死ぬまで逃げられないスキルなんだって」
因縁から逃げられない?
「それって、運命の再会が必然的に起こる感じ?」
「そう」
レオは静かに頷いた。
そんなスキルもあるのか。
生き別れの兄弟を探すにはもってこいだな。
でも、ちょっと面倒な仕様だ。
悪い因縁も対象になるだろうし。
宿敵や怨敵とばったり鉢合わせなんてこともあるだろう。
求婚者からも逃げられない。
プロポーズされた時点で因縁が発生するから。
『あたしとあんたが出会ったのは運命よ! 黙ってあたしのものになりなさい!』
出会ったときに言われたそんな言葉が私の耳朶に蘇った。
「あー、私とも繋がっちゃったかー。運命の赤い糸でー」
「もっと真剣に聞きなさいよ! 悩んでるから相談してるのに!」
柄でゲシゲシ殴られた。
いたた……。
「君も悩むんだねえ」
「フン! たまによ、たまにッ!」
レオは素振りの手を止めると、隣の凹に腰を下ろした。
いいよね、この椅子。
「あたしは強くならないといけないの。こんなところで、負けてちゃダメなのよ」
負ければすべてを奪われ、逃げることもできない。
人生をかけた決闘婚か。
『魔鎧』に挑みたがる理由もこれだな。
Lv.30にもなれば簡単にはレベルが上がらないからね。
一足飛びに強くなるには、ドカンと経験値を稼ぐしかない。
『六怪』に興味が向くのは当然の流れだ。
ハアー、とレオは気だるげなため息をついた。
「真面目な話したら疲れたわ……」
じゃあ、こっちから明るい話題を振ってやろう。
私は口元をニヤニヤさせながらレオの顔を覗き込んだ。
「なあなあ、レオにゃんさあ! 教えてくれよぉ、プロポーズの言葉ぁ~! なんて言われたんだよぉ? おじさんに教えてよぉ~!」
狙い通りというか、いかめしい顔がポッと朱に染まった。
「別に大したことは言われてないわ。月並みね。でも、どうしてもって言うなら教えてあげる」
「よっ、モテ女! それでそれで?」
「人生最初のプロポーズは幼馴染からだったわ。『馬乗りになって泣くまでボコしてからオレのものにしてやる』みたいなこと言われたわね」
「え……」
「その次が弟弟子よ。『レオ先輩は可愛いから無理やりねじ伏せて支配したいです』だったわね。兄弟子には『四肢の骨全部折ってイモムシにしてから殺してやる』って言われたわ」
「ぅ、ぉぉ……」
すっげえ壮絶なプロポーズ集だなオイ。
兄弟子に関しては、もはや殺害予告だよ。
どの辺に愛があるんだよ……。
予想の遥か上の上にある成層圏をマッハ10で飛んでいく一族だな、銀豹族って……。
訊かなきゃよかったよ。
私は気を取り直して明るい声を出した。
「じゃあ、逆にさ、こう言われたいってプロポーズの言葉はある?」
「もちろんあるわ!」
あるんかい。
恋愛とか興味ないのかと思ったよ。
レオはおっさんみたいな裏声で言った。
「可愛いニャンコのくせに強いじゃねえか。くっ、オレの負けだぜ。頼むからあんたの婿にしてくれ。――って感じがいいわね!」
負かした相手にプロポーズさせるパターンか。
つか、可愛いニャンコって。
あんたはどう見てもライオンだよ。
獅子王だ。
百獣の王である。
「でも、あたし、ダニーくらい強くて優しい人なら負かされてもいいわ」
「え……」
リアクションに困る私の横で、レオは両脚をブランコみたいに振ってその勢いで立ち上がった。
で、私の手を取って、
「ねえ、ダニー」
東の空に昇った太陽がレオの横顔を鮮やかに照らし出す。
びっくりするくらいまっすぐな目が私を見つめていた。
そして、スーっと息を吸い込む。
ちょ、ちょっと心の準備をする時間がほしいんだが……!
「あたしに稽古をつけてちょうだい!」
「ん? ……稽古?」
びびった。
てっきり愛の告白でもされるのかと思った。
「あのデカブツが言ったことは正しいわ」
「プガーロね」
「魔物は手加減してくれない。『魔鎧』を倒すために、もっと強くなりたいの。……だめ?」
「ダメじゃない」
私は間髪入れずにそう言った。
目標って大事だ。
人生の迷子にならないためにも。
私でよければ一肌脱ぐよ。
レオは少年みたいに顔をほころばせた。
「あたしもダニーみたいに強くなりたい!」
「なれるさ。えー、オホン。私も初めから強かったわけじゃなくてな。地べたを這って血をすすって死ぬ思いでここまで登ってきたんだ。私は始め虫ケラだった。でも、だからこそ強くなったんだ」
「やっぱりすごいわ! ダニーはすごい!」
ああ、レオの眼差しがまぶしい。
気持ちいい。
ダニも悪かねえなぁ。
「それじゃ、朝練の続きといこうか」
「はい、師匠!」
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