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23 商談


「おはようございます! ダニエルさん!」


 夕暮れで赤く染まった宿の一室に爽やかな風が吹き抜けた。

 昨夜来の悪酒で一日中ダウンしていた私は多少の元気を取り戻してベッドから這い出した。

 というか、イケメンの前ではしっかりしていたいんだ。

 中身は思春期の乙女なのでね。


 ということで、背筋が伸ばす私である。

 よだれの跡がなくて、かつ、ズボンを穿いていたら100点だったな。

 惜しい!


 客はフリッス商会の跡取り息子、フリッシ君だった。


「どうです? 今晩、僕の家でお食事など。ダニエルさん好みの美味しいお酒もありますよ」


「行きますっ!」


 キリッと私は立ち上がった。

 しかし、横合いから飛んできた蹴りで膝の裏を打ち抜かれ、後頭部からベッドに戻るハメになった。

 なにするんだい、レオにゃん君。


 頬杖をついて寝転ぶ仏頂面のケモ耳少女に私は非難の目を向けた。

 レオはレオで私に同じ目を向けていた。


「あたしの冒険には付き合ってくれなかったくせに」


 それはだね、仕方がなかったんだよ。

 私は酒を飲むのは初めてだったから、用法用量がわかんなくてね。

 今だって頭の中からハンマーで殴られているみたいにひどい頭痛でね。

 冒険どころじゃなかったんだ。


「そいつと食べる暇があるなら、あたしのドラゴン退治に付き合ってあげなさいよ!」


 イケメンとディナーか、夜のドラゴン狩りか。

 どっちか選べと言われたら、100対0で前者だな。


 レオが私に剣を放り投げてきた。


「今からでも依頼を受けに行くわよ。あたしは早く強くならなきゃいけないんだから」


 オバケ出るからやめとかない?

 と、冷やかしてやろうかと思ったが、やめた。

 レオがひどく真剣な表情だったからだ。


「その件なのですがレオさん、僕からひとつ引き受けていただきたい依頼がありまして」


 フリッシ君はわかりやすい営業スマイルでこう続ける。


「非常に高難度で、かつてないほど重要な依頼です。正直、ほかの冒険者の方にはお任せできないレベルです」


「聞いてやろうじゃないのっ!」


 不機嫌だったレオが一発でご機嫌になった。


「では、僕の家で食事でもしながら話しましょうか」


 フリッシ君は綺麗に話をまとめると、弾む足取りで出て行った。

 なんだろう、この手際の良さ。

 私は酒で釣られて、レオは高難度依頼に食いついた。

 フリッシ君め、事前に私たちの関心事にアタリをつけていたな。

 さすが商人見習いだ。

 その鮮やかな手際を讃えて、今日のところは大人しく釣られてやろう。


「さ、飲むか!」


「どんな依頼か楽しみね!」


 私たちはフリッス商会の馬車に飛び乗った。


 フリッシ君の家は町の中心街にほど近いところにあった。

 大豪邸というほどではないけど、ずいぶんと広い家だ。

 庭はすみずみまで手が行き届いているし、調度品のセンスもいい。

 デキる商人の家って印象だ。


 ディナーのほうも目移りするほど豪華だった。

 海の幸がてんこ盛り。

 私はもっぱら酒にしか興味がないけどね。


「フリッス商会は流通を主とした商会です。これらの海の幸も僕らが運んだ品なんですよ。西の森を抜けた先にあるトゥネリーは漁業が盛んな町なんです」


 トゥネリーか。

 先日の酒場で出たカニもトゥネリー産だったね。


「どうです? お味のほどは」


 煮魚を頬張った私にフリッシ君が尋ねた。

 私はなんと言っていいかわからず、口をまごまごさせるしかない。

 んーっとねえ、言いにくいけど、これはね、


「まずいわね!」


 歯切れのいい奴が羨ましいよ。

 でも、レオの言うとおりだ。

 お世辞にも美味しいとは言えないね。

 鮮度の落ちた魚を長時間煮込んで香辛料で誤魔化したって感じだ。


 フリッシ君は笑顔のまま肩をすくめた。


「そうでしょう。ここに並ぶ魚介類はどれも水揚げされたのは4日前ですから」


「4日前? 隣の町までそんなにかかるの?」


 私はお腹壊さないかなぁ、とか思いながら訊いてみた。


「いいえ、最短ルートで行けば半日とかかりません。これには深い事情がありまして」


 フリッシ君は声のトーンを落とした。

 耳をすまさないと聞こえないレベルまで。

 そうすることで、傾聴を促しているようだった。


「僕がお二人にお願いしたい依頼というのも、実はこの件に関係しているのです」


 なんというか、うまいこと商談が進んでいる印象だ。

 気になるから聞くけど。

 酒飲みながらね。


「お二人は『六怪』をご存知ですか?」


 唐突に投げかけられたその質問で、レオの目がカッと見開いた。


「聞いたことはあるね。『六怪』って言葉だけだけど」


 私は【魔爪】で瓶の口をコルクごと掻き切り、ラッパ飲みしながら先を促す。


「『六怪』というのは、簡単に言えば強力な魔物のことです」


『六』とあるから、6体いるんだろうね。

 私は頭がいいから聞かなくてもわかるよ。

 ……この酒うまいな!


「有名どころで言えば――」


「幽鳴境のシルセウス! 『怪奇狼』ホロズヴィト! 『金嶺龍』オロ!」


 フリッシ君の言葉を横取りする形でレオが喜々としてそう叫んだ。

 目を輝かせているね。

 少年少女の憧れなのかな?


 フリッシ君もこれには苦笑いだった。


「その通りです。実は、この町の近郊にも『六怪』の一角がいるのですよ」


「げっ、まさか、それが西の森じゃないよね!?」


「ご明察です。さすがダニエルさんですね」


 褒められても嬉しくない。

 要するに、私たちに『六怪』を倒せって言いたいんだろ君は。


「断固として拒否らせてもらおう!」


「まあ、まずは話だけでも聞いてください。聞くだけならタダですから。お得ですよ?」


 タダより怖いものはないってな。

 私は席を立とうとしたよ?

 ここぞとばかりに、使用人が高い酒を持ってきたから座り直したけどさ。


「『魔鎧』彷徨えるアルナマガル――。それが西の森に棲み着いた魔物の名です」


 名前がもうね、強そうなのよ。


「この魔物がいるせいで、我が商会は大幅な迂回を余儀なくされています。西の森を突っ切れば半日の距離を4日もかけて遠回りするのです。山賊に襲われるリスクと運搬コストは跳ね上がり、せっかくの海の幸はこの有様です」


 フリッシ君は香料まみれの焼き魚に忌々しそうにナイフを突き立てた。


「これまで、多くの冒険者が挑み、そして帰らぬ身となりました。しかし、トゥネリーとの交易路の確立は間違いなく我が町に莫大な富をもたらします。多少の危険は承知の上で、それでも、挑む価値はあるのです」


 若く力強い目が私を一心に見つめてくる。

 私は無茶振りを察して、口を挟んだ。


「そういうヤバそうなのは正規軍とかに頼めばいいんじゃないか?」


「もちろん、我々は国に窮状を訴えました。しかし、触らぬ神に祟りなしと撥ねつけられまして」


 ド正論だよ!

 蜂の巣に石を投げ込むのはお馬鹿さんのすることです!


「ファウートとトゥネリー、『魔鎧』は二つの町を引き裂く悪魔です。フリッス商会にとって魔鎧討伐は祖父の代からの悲願。ぜひとも僕の代で雪辱を果たしたい」


 フリッシ君はテーブルに乗り上げる勢いで私の手を取った。

 そして、涙でうるんだ瞳で一心に訴えかけてくる。


「ダニエルさん、レオさん、お二人の力を僕に貸してはいただけませんか! この町の未来のために!」


 嫌でーす。

 って言おうとしたよ私は。


「報酬は言い値で支払わせていただきます!」


 と付け加えられなければ、言ったね。

 嫌でーすって。


 私はむぐうう、と頭を悩ませた。

 壁の修理代がネックだ。

 普通に働いたら完済まで年単位はかかりそう。

 でも、デカイ山を当てることができれば一発逆転で私はウハウハ・ハッピー・ピーポーだ。


 それに、町の筆頭商会の跡取り息子であるフリッシ君とは仲良くしておきたい。

 次期社長だもんな。

 ダニの私が人間社会に根を下ろすには、多少危険な橋でも渡らなければ。

 それが今なのではなかろうか。

 この機を逃すと一生後悔するかもしれない。


「その依頼、引き受けるわ!」


 ダン、とテーブルを叩いてレオは決然と立ち上がった。


「奇遇ね! 実はあたしも狙っていたのよ! 『魔鎧』アルナマガル!」


 奇遇じゃないだろうなぁ。

 フリッシ君は前情報を握った上でレオに声をかけているんだと思うよ。

 渡りに船を演出してみせただけだ。

 フリッシ君はやはり立派な商人になれるよ。


 かくいう私もうまいこと乗せられてしまった形だ。

 負債のある身。

 引き受けざるを得ない。


「詳しい話を聞かせてくれ」


 私はフリッシ君の手を握り返すのだった。


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