20 続・トホホ……
「よっこいせ」
私は気絶したレオを肩に担いで冒険者ギルドを後にした。
壁をぶっ壊したことを平謝りしたせいで、腰が痛い。
おっさんの体って強いけど、いろいろガタも来ているんだなぁ。
ぎっくり腰に気をつけないと。
「ダニエルさんよぉ、イカした宿が町の南っかわにあるぜー!」
「レオにゃんは起きると暴れっから、寝てるうちがチャンスだぞー!」
「明日感想聞かせてくれよ、ギャハハハハ!」
「こらー! ダニエルさんは紳士ですぅ! 変なことはしませんよぉ!」
下品な冒険者たちをホウキでぶっ叩くルヴィちゃんが見える。
私は軽く手を振って、南に進路を取った。
レオ、強かったな。
今回はレベル差で勝った。
でも、同じレベル同士だと危なかったかもしれない。
スキルや武技がアリなら別の結果もあっただろう。
レベルにあぐらをかかないほうがいいな。
魔法とかもあるみたいだし。
適当な宿を見つけて、中に入る。
意識のない美少女を抱えたおっさんが来たってのに、宿屋の主人は眉ひとつ動かさなかった。
山賊がいたり、喧嘩でギャンブルしたり、インモラルな世界観だねえ。
私は嫌いじゃないよ?
「2階の角部屋だ。夜中まで大きな声出すんじゃねえぞ?」
へーい。
ずっと静かだっつの。
私が寝ている女の子に手を出すクソ野郎に見えっか?
……見えるだろうな。
なんせ山賊のオヤビンだし。
鍵を開けて中に入る。
部屋はベッドが2つ並んでいるだけの簡素な作りだった。
集中できるとも言えるね。
しないけどね。
奥のベッドにレオを寝かせる。
「う、ぐ……」
私に殴られたところが痛むのか、彼女はときおり顔を歪めていた。
呼吸も安定しているし、明日の朝には元気になるだろう。
「外はもう暗いな」
日暮れを過ぎてもずっと明るい日もあれば、逆にあっという間に暗くなったりもする。
月の数が多いからだろうな。
今日は三日月と半月が1つずつ並んでいる。
月って多いと風情がないな。
どうでもいいか。
私はカーテンを閉めて、上着を脱いだ。
レオも着替えさせておいたほうがいいよな。
ブーツはスパイク付きで、胸当てや膝当てにはナイフが忍ばせてある。
重そうだし、このままじゃシーツが傷んでしまう。
私はレオのブーツをスポッと脱がした。
脚、綺麗だな。
私なんかスネ毛ボーボーだぞ。
羨ましいなぁ。
「これ、どうやって外すんだ?」
胸当ての留め金がうまく外れてくれない。
私が殴ったせいで、ベルトが歪んでしまったらしい。
私はベッドに乗り上げて、無理やり胸当てを剥がした。
小さな胸が浅く上下している。
なんだか悪いことしているみたいだな。
おい、ガルスス。
お前ホントにクソ野郎だよ。
殴り倒して意識を刈り取った女の子をホテルに連れ込み、挙句の果てに脱がすなんてさ。
この恥知らず。
バーカバーカ。
こいつ、ぶっ飛ばされたほうがいいな。
「……」
む?
目が合った。
誰とって、そりゃレオにゃんとだ。
レオは前後上下左右を見渡して顔を赤らめ、衣服を剥ぎ取る私を見て、さらに赤色を強くした。
拳がギュッと握られる。
「誤解だ」
でも、甘んじて受け入れよう。
私は痛くないし、このおっさんは殴られて然るべきカス野郎だ。
さっ、どーんと来い。
私は目を閉じて、雷撃みたいな拳の着弾を待った。
しかし、一向に雷鳴は轟かない。
「なに? 殴らないの?」
「あ、あたし、負けたから」
そう言うレオにゃんは唇を震わせていた。
私が身をよじると、ビクンと小さな肩が跳ねた。
ライオンに追い詰められた子ウサギみたいに怯え切った表情だ。
出会ったときの威勢のよさはどこに落っことしたんだい?
ワンパンでぶっ飛ばされたのが、よっぽどトラウマだったと見える。
でも、プルプル震えるレオもこれはこれで可愛いね。
嗜虐心がくすぐられる。
私は銀の髪をさらりとなでた。
「ん……ッ」
私を突き飛ばそうと伸びた手がすんでのところで止まる。
そして、力が抜けていった。
観念したような顔で目をつむるレオ。
なんだ、こいつ。
急に可愛いな。
別に襲ったりしないけどな。
私はレオの鼻をつまんだ。
ギャハハ、ビクビクってしてやがるよ。
ギャハハハハ。
◇
「ダニー」
翌朝。
目が覚めると、枕元にレオが立っていた。
神妙な面持ちをしている。
君みたいな子に見下ろされるのは気持ちいい目覚めとは言えないよ?
ちょっと離れてくれるかな?
それと、なにーだって?
「あたし、あんたの手下になってあげてもいいわ」
「いや、普通にお断りだけど」
「えっと、……え?」
言われたことが理解できないみたいな顔で首をかしげるレオである。
「あたしが手下になってあげるわ」
「うん。ノーセンキューでーす」
怪我はないようだし、それじゃ。
私はささっと着替えて宿を出た。
「……」
「…………」
「……」
「………………」
なんだろう?
後ろから殺気立ったものを感じる。
恐る恐る振り返ってみると、……うわぁ。
ほっぺを膨らませたレオがリスの子みたいについてきている。
「あんた、強いわね。あたし、あんたとなら組んであげてもいいわ」
無視無視。
この子と関わるとロクなことがない。
先刻承知済みだ。
「ねえ、ダニー」
「わー、お花きれい」
「ダニーったら。なんで無視すんのよ、ねえ」
「あっ、ちょうちょ」
「組んであげなさいよ! ダニー、あたしとパーティー組んであげなさいよ!」
「何から目線の言葉だよ……」
ついツッコミを入れてしまった。
レオは私の進路を塞ぐように回り込む。
口元をむずむずさせながら私を見上げて、
「あたしだって、ちゃんとお願いくらいできるわよ。よく見ときなさいよ? 1回しかやらないんだからね」
そう言うと、地べたに正座した。
で、三つ指をついて、こうべを垂れる。
「だ、ダニエルさん、お願いします。あ、あた、あたしを仲間にしてくだ、くだ、くださ、い……」
レオはしばらく土を舐めるように頭を下げ続けた。
で、ようやく上げた顔は溶鉱炉みたいに赤熱していた。
2:1:7ってところか。
何って、屈辱と羞恥心と憤怒の割合だ。
ほぼ怒りだな。
目つきがすごいのよ。
殺してやる殺してやるって聞こえてくるのよ、心の声が。
こめかみの怒張した血管が今にも弾けそうだ。
こっわ。
それが物を頼む奴の目つきですかよ。
でも、これ断ったらひと悶着ありそうだな。
具体的に言うと、殺し合いになりそう。
追い払っても後日、寝首掻きにきそうだな。
「はあ……」
ま、私も仲間が欲しかったところだ。
できれば、優しく手ほどきしてくれるイケメンがよかったけど我慢するか。
「わかった。パーティーを組んであげるよ」
「ほんと!?」
レオの瞳がスポットライトを浴びた真珠みたいに煌めいた。
「やったあーーっ!!」
軽々と屋根の高さまで飛び跳ねるレオを見上げて私は思ったね。
面倒事が増えそうだなって。
今日もトホホだ。
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