17 商人見習い
「はいっ! これがダニエルさんの冒険者カードです! ランクアップ目指して一緒に頑張りましょう!」
すぐ真横に冒険者が降ってきたというのに、ルヴィちゃんは天真爛漫で元気ハツラツなままだった。
冒険者界隈じゃ喧嘩なんて日常茶飯事なのだろう。
「ねえ、ルヴィちゃん。レオってどんな子?」
カウンターテーブルで伸びている冒険者にもう2、3発ぶち込みそうな顔をしているケモ耳美少女を私は目顔で指し示した。
「簡単に言うと、ダニエルさんより少し前に来た超新星ですね。冒険者としては駆け出しですけど、実力はすでにトップクラスですよ。……性格が凶暴なので、誰にもパーティーを組んでもらえないのが玉に瑕ですが」
だね。
私もその凶暴さを目の当たりにしたばかりだ。
「あたしの悪口を言うとあーなるわよ?」
殺伐とした目が私を見上げている。
頭の中に焼け石でも詰まっているみたいにレオの顔は赤熱していた。
Lv.30か。
ずいぶん小柄だけど、ガルススと同じくらいの実力者なんだな。
ざっと見た感じでは、冒険者の平均レベルは10前後といったところだ。
町ゆく人たちは3~4レベって感じ。
レオはこの世界じゃ抜きん出た力の持ち主なんだな。
戦力としては魅力的だ。
でも、悪目立ちに巻き込まれるのはゴメンだ。
なるべく関わらないようにしたいなあ。
そのレオが掲示板から適当に依頼書をひったくって、ギンと私を睨んだ。
何ドラゴンの討伐依頼だ、それ!?
「決めたわ! この依ら――」
「こちらにいらしたのですね! ずいぶん探しましたよ!」
レオの言葉を遮って、若い男が声をかけてきた。
チッ、と背筋が凍るような舌打ちが聞こえる。
どこの誰だい?
割り込んできたのは。
レオちゃんは人型火薬庫なんだから刺激しないでほしいもんだ。
私は声のしたほうを振り返った。
そして、まぶしくて目を細めた。
イケメンだ……。
青い髪のイケメンがひまわりみたいな笑顔を私に向けている。
この青年、昨晩見たな。
山賊に襲われていた人だ。
「ダニエルさんとおっしゃるのですね。再会できてよかった」
爽やかな風が吹き抜け、薄暗い冒険者ギルドのロビーが急に明るくなった気がする。
イケメンの輝度はすごいな。
電気代、浮きそうだ。
……あっ。
私は少々遅れて深刻な事態に気がついた。
マズイ。
私は山賊団のリーダーで、彼は被害者の生き残りだ。
あってはならない鉢合わせだ。
衛兵でも呼ばれたらマズイぞ。
せっかく冒険者登録できたってのに、追われる身に早変わりだ。
どうしよう!?
などとパニクっていると、イケメンが突然頭を下げた。
つむじが見えるくらい深々と、だ。
「昨晩は助けていただき本当にありがとうございました」
「……へ?」
「ダニエルさん、あなたなのでしょう? 山賊に襲われていた僕たちの商隊を助けてくださったのは」
「うぇ!?」
いや、違うけど。
むしろ逆だけど。
襲わせていた側ですけど!?
「名乗り遅れました。僕の名はフリッシ・フリッス。この町で商人見習いをしている者です」
ウィンクひとつしていないのに、キラキラが飛び散った。
スウィーテ先輩が「きゃーフリッシ様ぁー」と黄色い悲鳴を上げている。
私のときは「えー……」って感じだったのにな。
なんだ、この差は。
それより、なぜフリッシ君は私に助けられたと思っているんだ?
私――つまり、ガルススに。
「僕は昨晩見たんですよ。夜の深い闇の中、茂みに潜むあなたの姿を。その直後です。山賊たちが悲鳴を上げ始めたのは」
あー、なるほど。
潜伏中のガルススを見つけて、助けてくれたと思い込んでいるのか。
あのとき、私は【闇夜纏】で透明ニャンコだったからね。
勘違いしても無理はないか。
それにしても、山賊団の頭目に腰を折って謝辞を述べるとは。
このイケメン、ちょっと人を見る目に不安があるな。
ずっと見習いのままでいなさい。
「あなたは僕らの命の恩人です。ダニエルさん、何かお礼をさせてはいただけませんか?」
フリッシ君は片膝をつき、私の手を取った。
まるで婚約でも申し込んでいるかのように。
私の胸は、にわかに高鳴った。
……まあ、おっさんが何やってんだって話だけど。
「お礼と言われてもなあ」
今日はプロポーズ2回目だ。
急なモテ期の到来に私は困惑を隠せず頭をボリボリするしかない。
商人見習いか。
なら、経済や流通に精通しているよね。
私は今が朝か昼かくらいしかわからない異世界音痴だから、フリッシ君とはお近づきになっておきたいところだ。
「じゃあ、仲良くしてくれ。それだけでいい。あらためて、私はダニエルだ。よろしく」
「はい! ダニエルさん! こちらこそ喜んで!」
握手握手っと。
これで、私たちはお友達だ。
「おいおい、あの駆け出し、すっげえぞ。フリッス商会の若旦那と早くも懇意みたいだ」
「羨ましいぜ。あそこは冒険者にいくつも仕事をくれる太っ腹な商会だからな。オレもあやかりてえもんだ」
「オレら中堅だって狙ってたのによォ。何者だ、あのおっさん」
冒険者たちが、ひええー、とか言っている。
何者かって?
ただのダニです。
恐縮です。
「フリッシ君はいいとこのお坊ちゃまなんだな」
どうりで、スウィーテ先輩がきゅんきゅんするわけだ。
「あはは。いちおう、この町の筆頭商会の跡取り息子です。ほんの若造ですが」
人の良さそうな顔で謙遜を言うと、フリッシ君はパーっと顔を明るくした。
「そうだ、ダニエルさん。今晩、我が家でお食事などいかがでしょう? みな、喜びます」
ディナーに誘われちゃった。
ダニでもおっさんでもなければ、真っ赤な顔で身悶えるのになぁ。
残念至極なり。
「ダメよッ!」
ムチで叩くような鋭い声とともに肩を怒らせたレオが割って入った。
私の首根っこを鷲掴みにして、
「こいつはあたしと冒険に行くんだから!」
などと、おっしゃる。
苦しいから離してくんない!?
「行くわよッ!」
「いやあ、私はお腹すいたし、ご相伴に……」
「じゃあ、ボコるわ!」
「え?」
「ボコってねじ伏せて逆らえなくしてから冒険に連れて行くわ!」
レオはいいアイデアだわ、って感じでご尊顔を輝かせている。
桃太郎は犬にもキビ団子あげてたよ?
あんたはおっさん殴るんかい。
「そうですか。ダニエルさんに折り入ってご相談があったのですが、お忙しいようなら仕方ありませんね。またの機会にしましょう」
いやオイ、フリッシ君……!
君もっと食い下がれよぉ!
私お腹減ってんだよぉ!
じゃじゃ馬娘と大冒険って気分じゃないんだよぉ!
友達だろぉ!?
助けろよぉ!
「そのときは、レオさんもご一緒にどうですか?」
おいコラ、私を誘った口でほかの女を誘うな。
二股野郎が!
「レオさんにとっても願ってもない話だと思うのです」
フリッシ君のまっすぐな瞳に、ほんの一瞬だけ鋭いものが宿った気がする。
商人の子か。
レオに商機を見出しているのかもね。
……いや、私にも、か。
キラッキラな爽やかフェイスの裏側には、いちおう警戒しておいたほうがいいだろう。
「じゃあ、勝負よダニエル! 誰がリーダーなのかわからせてやるわ!」
わー。
最高……。
私は小さなヒョウに引きずられるようにして冒険者ギルドを後にするのだった。
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