11 奇剣
「ほらよォ、ヘヘ! 来いよニャンコォ!」
『赤犬』の団長ガルススが質の悪い酔っ払いみたいに絡んでくる。
視点は定まらず、足取りは覚束無い。
どこからどう見ても飲み屋でくだを巻いている冴えないおっさんだ。
でも、どうも油断ならないんだよな。
誘われているというか。
迂闊に間合いに飛び込んだら、ひどい目に遭いそうな気がしてならない。
なら、遠距離から様子見だ。
「にゃッ!!」
私はくるっと回って【かまいたち】を走らせた。
「うお、とっとォ……」
ガルススはへっぴり腰でびょーん、と横っ飛び。
ひえーあっぶねえ、とか言っているが、それが妙に演技臭い。
なら、これはどう?
私は岩を蹴って跳び上がり、【アクロバット】で体を車輪のように回転させた。
3連【かまいたち】だ。
「いちッ! にぃ……!」
「おお!? うっは、ハハ!」
ガルススは左右によろけて最小限の動きで風の刃をやり過ごした。
ここまでは想定内。
本命は、この3発目――。
私は真空の刃を【闇夜纏】で隠した。
【暗視】をもってしても視認できない刃が音もなく飛んでいった。
直撃コース。
これは、――とった!
「……ッ」
視点の定まっていなかった目がカッ、と見開かれた。
「奇剣【流】――!!」
私は自分の目を疑った。
ガルススの腕がタコみたいにうねっていた。
硬い金属であるはずの剣もぐにゃりと曲がる。
その、ぬるっとした動きで彼は黒塗りの刃を後方へと受け流した。
なんだ、今の……!?
「重めえなオイ。小さいナリして、とんでもねえ威力だ。武技でさばいてなけりゃ肩がイカれてたなァ」
ガルススは何がおかしいのか、腹を抱えて笑った。
武技?
よくわからないが、武器を使ったスキルみたいなものだろう。
やっぱり一筋縄ではいかないな。
「今度はこっちからいくぜェ!」
ガルススが低く構えた。
私も身構えるが、……む?
何してんだ、あいつ。
ガルススはなんかフラフラしている。
振り上げた剣の重さに振り回される感じでよろめき、散らばっていた手下の残骸につまずいて、バタン。
転んだ。
それも、顔から。
痛いやつだ。
キンッ、カラン――!!
手を離れた剣が転がっていく。
チャンス!
私は両前足に光る爪を伸ばした。
スキル【魔爪】だ。
【敏捷】で急加速し、ガラ空きの首を狙う。
「……奇剣【伏魔】」
小さくそんな声が聞こえた。
ガルススの腹の下から銀のヘビのようなものが顔を覗かせる。
剣だ。
二刀流……!!
しまった、釣られた。
とっさの判断で私は尻尾を地面に突き刺した。
尻尾がピンと伸びて、体に急制動がかかる。
鼻の横をかすめるようにして、鋭い風が通り抜けた。
ひげが2、3本、宙を舞う。
危なかった。
「これも躱しやがるかァ!」
ガルススが手を振ると、転がっていた剣が彼の手の中に舞い戻った。
細い糸か何かで繋いでいたらしい。
こいつ、本当に油断ならないな。
接近戦はやめだ。
私の間合いでやらせてもらうよ。
【かまいたち】を投げつけ、ほぼ同じタイミングで私はガルススを睨みつけた。
【威圧】――!!
「……ォッ!?」
ガルススの体がわずかに硬直した。
ヘビに睨まれたカエルのように。
無理やり身をよじる彼の小脇を風の刃が吹き抜けた。
ビッ!!
裂けた服の袖がひらひらと舞う。
ちょっと浅かったか。
でも、傷はつけてやったぞ。
「ハッ! このオレが一本もらっちまったぜェ。まだ子猫でこの強さかよ!」
ガルススは腕を伝う血を嬉しそうに舐めている。
美味しいよな、血。
もっと飲ませてやるよ。
「【傷口拡大】――」
ズバッ、と。
ガルススの腕が裂けた。
ビタビタと血が落ちる。
「おいおい嘘だろ……。こいつァ冗談抜きでやべえな。マジにならなきゃ死んじまいそうだ」
ガルススはまだ笑っていた。
でも、目の奥にちらついているのは本気の憤怒だ。
「お前、オレに出会わなけりゃ将来は『六怪』級の魔物になれたかもなァ。ちょいと惜しいが、しまいにしようや」
ガルススは二振りの剣を体に巻きつけた。
そして、コマのように体を回転させ、ぬるっとした動きで剣を振り抜いた。
「奇剣【九頭竜】――」
斬撃が飛んでくる。
数は5。
砂を巻き上げつつ左右に広がり、蛇行しながら私を包囲する軌道で迫ってくる。
【かまいたち】に似ている。
でも、遅い。
【敏捷】を使えば間を抜けるのは難しくない。
私はあえて前に出た。
包囲網が狭まる前に、突破だ。
「かかったな、バカがァ!」
ガルススがさらに4筋の斬撃を飛ばしてきた。
合わせて【九頭竜】か。
でも、やっぱり遅い。
かかったと言うほどのことか?
ザ、ジャラララララ――ッッ!!!
背後で妙な音がした。
砂地で車がドリフトするような。
振り向くと、通り過ぎていった斬撃が反転して戻ってくるのが見えた。
マジか……!?
闇の中を細い糸が這っている。
なるほど、斬撃を飛ばす技と見せかけて、極細のワイヤーで斬りつけるわけね。
【かまいたち】……は、もう間に合わない。
360度、ワイヤーの竜巻。
完全包囲。
うわああああ!!!
猫は液体!
猫は液体……!
猫は液体ああああいいい!!
私はわずかな隙間を見つけ、水のような動きで鉄線の竜巻をすり抜けた。
「にゃ!?」
……目の前にガルススの笑みが見えた。
完全に誘い出された。
「死になァ、ニャンコォ!!」
左右からクロスするような斬撃。
避け……きれない!
この体は終わりだ。
私はとっさの判断で宿主から離脱した。
そして、【敏捷】。
急加速してダニの体でガルススに飛びかかる。
「んおっ!? なんか飛び出して……」
シックルテールを斬ろうとした剣が素早く向きを変えた。
私の方向に。
嘘だろ!?
この暗闇の中で私が見えるのか。
でも、もう遅い。
私の体が数瞬早く剣の間合いをすり抜けた。
手の甲に着地し、毛がボーボーの腕を這い上がって、一路首筋を目指す。
「なんだ、クソ。どこ行きやがった!?」
ここだよっと。
ホイ、首ガブ――ッ。
「ッ!? おおおお!?」
ガルススが首の裏をガリガリと掻きむしっている。
私はひえええええ、と腹の底で絶叫しつつ【宿主支配】を発動させた。
刹那の幽体離脱感。
そして、視界が切り替わった。
乗っ取り成功だ。
首の裏を掻いていた腕を私は慌てて止めた。
……おっ。
指先に何か当たっているな。
これ、たぶん本体だ。
あっぶな、下半身をもぎ取られるところだったぜ。
フゥー。
私は剣を放り投げて地べたにへたり込んだ。
『赤犬』団長ガルススか。
ほかの山賊とは比べ物にならない強さだったな。
やっぱり人間が一番怖いや。
ん?
「……ニンゲン?」
私は宿主の手をグッパーグッパーしてみた。
そういえばコレ、人間の体じゃん。
欲しくて欲しくてたまらなかったヒューマンのボディーじゃん。
私、ついに人間になれたんだ。
うおおおおおお!!
おおおおおおおおおお!!
「人間の体だああああ――っっ!!!」
勝利の雄叫びが森に響き渡った。
うおおおおおおおおお!!!!!
やったぜ私いいいいいい!!!!!
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