1 私がダニなわけがない
あっ。
虫だ……。
虫がいる。
デカイ虫が。
私の目の前にいる。
デカイな。
私より大きいかも。
なんだ、こいつ?
ダニ?
ダニだ。
一度噛まれたことがあるからわかる。
血を吸うあいつだ。
1匹じゃない。
何匹も、何十匹もいる。
辺り一面、巨大なダニだらけだ。
……ここ、どこ?
辺りを見ようとしたけど、首が回らなかった。
ずいぶん薄暗いところだな。
ボヤけていて、どこだかわからない。
……私は誰?
いや、さすがにそれはわかるが、マジでここどこだ!?
声が出ないな。
体はいちおう動く。
でも、立っているのか寝ているのか座っているのかさえ判然としない。
なんとなく腹這いな気がする。
……それにしてもデカイな。
私の目の前にいるダニは置物のようにじっとしている。
奈良の大仏みたいに穏やかな表情で私を眺めている。
……お、おおお!??
うおおおお!?
急にやってきたデカダニが私を踏んづけていきやがった。
ダニに踏まれる経験、かなりレアなのでは!?
とはいえ、そう何度も踏まれたくはない。
私はダニがいないところを目指して歩き始めた。
たぶん夢だなコレとか思いながら。
……んん?
お腹が地面をこするこの感触。
私、今、立っていないのに歩けているね。
それに、足の裏だけじゃなく手のひらにも地面を感じるのだが。
なんだ、これ?
私、今もしかして四足歩行していたりする?
四足どころか、感じたことのない5本目と6本目の感触もある。
こう、ちょうど脇腹の辺りから、もう一対の腕が伸びている感じと言えばいいか。
困惑しつつも無我夢中で歩いていたら、目の前に丸いものが見えてきた。
透明だ。
水の匂いがする。
水滴……か?
それにしては、家と同じくらい大きいけど。
……え?
…………ん?
見間違い?
水滴に景色が反射している。
周りをうごめく無数のダニが映っている。
その中の1匹と思い切り目が合っている。
私の正面にいる1匹のデカダニと。
よぉ、久しぶり!
って感じで私は右手を振った。
水鏡に映るダニが左前脚を振り返してくる。
私とぴったり同じタイミングでだ。
左手を上げると、今度は右前脚が上がった。
まるで鏡映しのように。
……。
………………。
…………。
しばらく呆然と立ち尽くす私。
いや、もう認めよう。
……私、ダニになってるな。
この薄暗がりを這い回る無数のダニの1匹に、私はなってしまっているようだ。
こいつらが大きいんじゃない。
私が小さくなっているのだ。
ダニサイズに。
……どうして私はダニなんかになっているのだろう?
首がないので上半身全部をかしげて記憶を遡ってみる。
最後の記憶はそう、部活帰り、学校の通学路だ。
真っ暗な夜道で、私は突然後ろから強い光で照らされたのだ。
振り返ったら二つの光がすごい勢いで突っ込んできた気がする。
私は空に吹っ飛ばされた。
夜景が下に見えて、ぐるぐる回っていた。
そして、何もわからなくなったのだ。
で、気づけば、ダニである。
あー……。
これはあくまで可能性のひとつだが、可能性のひとつではあるのだが、あー。
もしかして私、事故って死んでダニに転生してたりする?
………………。
……。
…………。
い、いやいや。
いやいやいや。
ちょ、ちょっとお乳……いや、落ち着こう私。
こんなときには深呼吸だ。
リラックスして、もう一回考えてみよう。
私はスーっと息を吸って吐いた。
すると、なぜかお尻が涼しくなった。
もう一度、吸って吐く。
やはり、尻が涼しい。
スカートの中に扇風機を「強」で当てている気分だ。
夏だと最高なアレね。
私は水滴に背を向けた。
そして、上体を逸らして後ろを見た。
……えっ!?
お尻、穴があいている!?
私のお尻に3つも穴があいている。
左右合わせると6個も……。
周りのダニもお尻に穴があるな。
なる、ほど。
ダニは血を吸うとき頭を動物の皮膚に突っ込むからね、気門は口元じゃなくて体の後ろにあるほうが都合がいいのだ。
いや、なるほどじゃねえ!
ダニになった挙句、尻呼吸とかとんでもない悪夢だな!
……悪夢、だよね??
一向に覚める気配はないけど。
ドン、と突然地面が揺れた。
私は衝撃で体幹1メートルくらい跳ねた。
なんだ?
小石でも落ちてきたか?
よくわからないけど、風に乗っていい匂いが漂ってきた。
照り焼きハンバーグみたいな濃厚でジューシーな匂いが。
周りにいるダニが一斉に移動し始めた。
匂いがするほうへと、まっすぐ。
私もなんだか無性に腹が減ってきた。
胃を弱火であぶられるような飢餓感だ。
なんでもいいから、何か食いたい。
気づけば、私も歩き出していた。
匂いがするほうへ。
短い脚で一心不乱に。
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