第2話 馬車
牛乳を入れた缶が、ガコンと音を立てる。
その音にフローレンスがはっと目を覚ました。
気付けばフローレンスはうたた寝をしていたらしい。
やや大きい幌馬車の中。
周りには腰の高さまであろうという大きい牛乳缶が十本あまり並んでいる。
フローレンスがヒュウガの元で治療を受け始めてから、一週間が過ぎていた。
足の腫れこそ引いたものの、まだ痛みは強く、満足に歩くには杖があった方がいい程だ。
それでも服は必要になる。
雪のちらつく日もある晩秋ゆえ、汗こそそれほどかかないものの、やはり着替えは必要ということで、町中まで買い出しに出ることと相成ったのだ。
フローレンスが周りを見回すと、ヒュウガが牛飼いの男と話をしている。
「しっかし、マジでベッピンさんじゃねぇか。
よく我慢できるな? 俺だったらその日のウチにいただいちまうぜ?」
男の野太い声が笑い声交じりに聞こえてきた。
「ケガしてる女を力づくでモノにするなんざ、下衆の極みだ。
向こうがその気になって誘ってくりゃ別だがな。」
呆れたようなヒュウガの声。それを聞いた男の声から笑いが消えた。
「で、そんな雰囲気はあるのかい?」
「ねぇよ。
そもそも俺ぁ、しばらくマジの惚気はゴメンなんでな。」
ヒュウガの声はどことなく寂しげだ。
その言葉を聞いた男は、再び笑いを交えてヒュウガに語りかける。
「なんだぁ? 手ひどくフラれたか?」
「そんなとこさ。」
ヒュウガは馬車の中に置かれた緩衝材代わりの藁束を枕にして横になった。
フローレンスがその傍らに座る。
「起きたのかい?」
「ええ。いつごろから眠っていたの?」
「結構早い頃からだったぜ? やっぱ、疲れがあるんじゃねぇか?」
「かも知れない。」
フローレンスは相変わらず無表情な顔と声だ。
そこに牛飼いの男の声が割って入ってきた。
「なあ、アンタ。
そこのヒュウガはいい男だぜ?
ちったあ誘ってやってもバチは当たんねぇと思うがねぇ。」
「お礼はするつもり。
でも今はまだ足の痛みが酷いから、我慢してもらいたい。」
「だとよ。
聞いたかいヒュウガ?
しばらくお預けってコトらしいが、その分お楽しみが増えただろうよ?」
「勝手にしろ。」
笑いを交えた男の声に、ヒュウガの声は呆れを交えて答えを返す。
フローレンスが幌の中から外を見ると、少し大きめの建物が見えてきた。
ガストンの町についたのだ。