第1話 報酬
「お代は受け取った。
溜まってたのもあったからかね? 今までで一番だったぜ。」
朝食を口いっぱいに頬張りながら、ヒュウガがフローレンスに話しかけた。
あの凄惨な仇討ちから三日。
恐らく昨夜、二人はベッドを共にしたのだろう。
むぐむぐと口を動かしてパンを食べるヒュウガに、フローレンスは静かに言う。
「気に入ってくれたら何より。
でも、こんなものだけで貴方への十分な礼になるとは思っていない。」
「そうでもねぇよ。
お前ぇさんは俺に、ゲシノクの首根っこを押さえるチャンスをくれた。
その一点だけでも、心底ありがてぇと思ってる。
だからこれで、もう貸し借りはナシだ。」
「それではこちらの気が済まない。」
気前のいいヒュウガの言葉を遮るようにフローレンスが口を挟む。
困ったような表情をしているヒュウガに向け、フローレンスは改めて口を開いた。
「提案がある。」
「提案?」
きょとんとするヒュウガ。
そんな彼に、フローレンスはわずかに逡巡した様子を見せ、言葉を繋げる。
「奴隷をひとり囲って欲しい。
何でもできるし、何でもする。
夜も喜んで相手する。
だから……。」
「バカ! コッチじゃ人身売買はご法度だっての!
それにそんなまだるっこしいこたぁ言わなくていい!」
今度はフローレンスがきょとんとする番だった。
直後に哀しそうな顔をしてうつむくフローレンス。
そんな彼女へと、ヒュウガが優しく語りかける。
「ここに居たいって言うなら、別にどうこう言う必要なんざねぇよ。
ただし、一つ条件がある。」
「条件?」
まだどこか哀しげな表情を見せつつも、フローレンスは顔を上げ、ヒュウガに向き直る。
その彼女へと、ヒュウガは悪戯っぽい笑みと共に言った。
「俺と結婚してもらう。
コッチとしちゃ、ただでさえ胡散臭く思われてるところに、どこの馬の骨だとも知れねぇ女を囲い込んでいるとか言われちまったら、いくら何でも体裁が悪すぎらぁ。
大体からして、せめて俺が身元を保証する形を取らなきゃ、お前ぇさん、表も歩けんぞ。」
「あ……。」
何かを言おうとするが、言葉が見つからない。そんな様子のフローレンス。
ヒュウガはさらに言葉を続けた。
「あぁ……イヤなら、イヤでいい。
ちゃんとアフターケアしてやるよ。
こう見えても帝都のお偉いさんにゃそれなりに顔が利く。
オススメは学術院だな。
なんたって、最高のダチが……。」
全ての言葉をヒュウガは語り切れなかった。
フローレンスが泣きだしたからだ。
嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる彼女に、ヒュウガは困惑し目が泳ぎ出した。
涙をこらえ、フローレンスが口を開いた。
「ありがとう……こんな私を娶ってくれるとは思わなかった……。」
「マジ惚れしちまったんだ。しょうがねぇだろ……。」
消え去りそうな喜びの言葉を漏らすフローレンスに、ヒュウガもまたボソリとつぶやく。
テーブルを立ったヒュウガを追いつつ、フローレンスは涙を拭いそっと抱き着く。
その全身の温もりを、ヒュウガは優しく受け止めた。
「さて、今日もまた雪だ。
いっそベッドに入って、昨夜の続きでもするかい?」
優しい笑みと共にヒュウガがフローレンスを誘う。
フローレンスが、はにかんだ微笑みでその誘いに答えようとしたその時、玄関のドアがひっかかれたような音がした。
フローレンスが玄関のドアをカタリと開けると、吹き込んでくる雪と共に、一匹のユキヒョウが入り込んできた。
ヒュウガとフローレンス。二人は顔を見合わせて笑顔を見せる。
「首尾はどうだった?」
ヒュウガが静かに尋ねた。
ブランはヒュウガとゆっくり目を合わせると、すぐにまた顔を逸らす。
「上手くいかなかったのかしら?」
フローレンスが戸惑った様子で疑問を口にする。
「逆だよ。上手くいったのさ。
ただな、ある意味罪のねぇ命を、無意味に奪っちまったってことを気に病んでるんだな。」
「そう……優しいのね。」
フローレンスはヒュウガの言葉に納得し、ブランの頭を静かに撫でる。
ブランはどことなく憂鬱そうな表情で、フローレンスの愛撫を受け続けていた。
「さて、春になったら忙しくなるぞ。」
ヒュウガが大きく伸びをしながら言う。
「結婚の準備なんてのは、どうやればいいかよく解らんからな。
気は進まんがライザのおかみさんに話を聞くか……。」
「山と森の掟……。」
ポツリとフローレンスがつぶやく。
それを聞いたヒュウガが怪訝そうに彼女に尋ねた。
「なんだい、そりゃ?」
「貴方の言っていた掟の話。
私なりに答えを見つけた。」
「へぇ?」
フローレンスの言葉に感心したような声で、ヒュウガが彼女の言葉に答える。
フローレンスは瞳を閉じて、静かに、そしてはっきりと言った。
「私は貴方と共に生きる。
貴方を支え、力を貸す。
だから……。」
「だから?」
わずかな間。その後、フローレンスはヒュウガと視線を合わせ、静かに、だが力強く言う。
「貴方の力も貸して欲しい。
二人で進むためにも。」
ヒュウガの手が伸び、フローレンスの肩を抱いた。
そのまま体を引き寄せて自身の頬を、彼女の頭に軽く押し当てる。
「よく言えたな。
それでいいのさ。」
ヒュウガはそう言うと、彼女と共に居間へと向かった。
居間では、暖炉の火が赤々と燃え、温もりを生み出している。
この春の雪解けはきっと早い。
ヒュウガは何となく、そう感じていた。




