第10話 親友
「会っていかんのかい?」
二人から数ロークラム離れた辺りで、ゴウは目の前にいる黒い服をまとった青年に声をかけた。
「あんな二人の間に割って入るほど、無粋ではなくなったつもりですから。」
青年は微笑みながら答える。
そんな青年を見たゴウは、目を細めて優しく言った。
「やはり細君の薫陶かな?」
「残念ですが、彼女はまだ婚約者ですよ。
結婚はもう少し先です。」
どことなく苦笑いの風を残した笑みを見せる青年。
そんな彼に、獅子は口を尖らせた。
「何だ、つまらん。
やはりお主もあやつと同じ口じゃな。」
そんな抗議に、青年は不思議そうな顔をした。
「どういうことです?」
「コッチの事じゃよ。
それよりこれよ。」
そう言うと、ゴウは手に握っていた『回路』を青年に見せる。
「『治癒』の『回路』……かなりの貴重品と見たが……。」
「それはお譲りします。」
どう扱えばよいか解らず二の句を言い渋るゴウに、青年はスラリと答えた。
「いや! 待て待て!
高位魔法を発現させる『回路』じゃぞ!?
いくらお主が遺跡工学部の学長と言えど、そんな一存で決めて良いのか?」
いつも余裕を持って人と接する黄金の獅子。
そんな彼が驚いて慌てふためいているのを見て、青年はクスクスと笑い出した。
「そういった物は研究室の奥に押し込められているより、真の使いどころを知る者に預けるべきだというのが、自分の信条です。
先生なら人のために役立ててくれると、そう信じていますので。」
ゴウは静かに息を吐くと、再び『回路』に目をやった。
しばしの間の後、スッと顔を上げると、青年に向けて言った。
「相解った。なれば暫し借り受けよう。
このご時世じゃ。傷つく者も少なくないだろうからな。」
静かに頷く青年。
そんな彼の仕草に満足そうな笑みを見せたゴウは、また静かに語りかけた。
「しかし、見事な勘よなぁ。
儂が『様子がおかしい。』と言っただけで一気に行動を始めるとは。」
「先生が自分を尋ねるというだけでも、かなりの異常事態ですよ。
そちらこそ、もう既に何か勘付いていたのでは?」
「かも知れん。
だが、よもや一分一秒を争う事態とまでは思わなんだ。
それを知り得たのも魔法かな?」
「ええ。ある程度まで近づければ、『遠見』の魔法で様子は解りますから。
問題は最後の『転移』で消耗しすぎた事ですね。
先生を送るので精一杯になってしまい、自分自身まで持っていけなかった。」
青年は悔しそうな表情を押し殺して、静かに語る。
そんな彼を励ますかのように、ゴウは優しく口を開いた。
「胸を張れぃ。
お主のその魔法と、知識と、そして何より親友への友情が、この勝利を呼び込んだのだ。
やはりお主は大魔導士よ。
なぁ、レオンハルト・フォーゲル。」
レオンハルト・フォーゲル――そう呼ばれた青年は、静かに微笑むと『魔導球』を発動させる。
そのまま、その蒼い球体は収斂していき、彼の姿ごと輝きとなって消え去った。
ちらり、と雪の一片がゴウの鼻先に舞う。
獅子はゆっくり振り向くと、心底満足したといった笑みを浮かべた。
そして、枝を跳び伝い、森の奥へとその姿を消していった。




