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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第9章 -黒き森-
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第10話 親友

「会っていかんのかい?」


 二人から数ロークラム離れた辺りで、ゴウは目の前にいる黒い服をまとった青年に声をかけた。


「あんな二人の間に割って入るほど、無粋ではなくなったつもりですから。」


 青年は微笑みながら答える。


 そんな青年を見たゴウは、目を細めて優しく言った。


「やはり細君の薫陶かな?」


「残念ですが、彼女はまだ婚約者ですよ。

 結婚はもう少し先です。」


 どことなく苦笑いの風を残した笑みを見せる青年。


 そんな彼に、獅子は口を尖らせた。


「何だ、つまらん。

 やはりお主もあやつと同じ口じゃな。」


 そんな抗議に、青年は不思議そうな顔をした。


「どういうことです?」


「コッチの事じゃよ。

 それよりこれよ。」


 そう言うと、ゴウは手に握っていた『回路サーキット』を青年に見せる。


「『治癒』の『回路』……かなりの貴重品と見たが……。」


「それはお譲りします。」


 どう扱えばよいか解らず二の句を言い渋るゴウに、青年はスラリと答えた。


「いや! 待て待て!

 高位魔法を発現させる『回路』じゃぞ!?

 いくらお主が遺跡工学部の学長と言えど、そんな一存で決めて良いのか?」


 いつも余裕を持って人と接する黄金の獅子。


 そんな彼が驚いて慌てふためいているのを見て、青年はクスクスと笑い出した。


「そういった物は研究室の奥に押し込められているより、真の使いどころを知る者に預けるべきだというのが、自分の信条です。

 先生なら人のために役立ててくれると、そう信じていますので。」


 ゴウは静かに息を吐くと、再び『回路』に目をやった。


 しばしの間の後、スッと顔を上げると、青年に向けて言った。


「相解った。なれば暫し借り受けよう。

 このご時世じゃ。傷つく者も少なくないだろうからな。」


 静かに頷く青年。


 そんな彼の仕草に満足そうな笑みを見せたゴウは、また静かに語りかけた。


「しかし、見事な勘よなぁ。

 儂が『様子がおかしい。』と言っただけで一気に行動を始めるとは。」


「先生が自分を尋ねるというだけでも、かなりの異常事態ですよ。

 そちらこそ、もう既に何か勘付いていたのでは?」


「かも知れん。

 だが、よもや一分一秒を争う事態とまでは思わなんだ。

 それを知り得たのも魔法かな?」


「ええ。ある程度まで近づければ、『遠見』の魔法で様子は解りますから。

 問題は最後の『転移』で消耗しすぎた事ですね。

 先生を送るので精一杯になってしまい、自分自身まで持っていけなかった。」


 青年は悔しそうな表情を押し殺して、静かに語る。


 そんな彼を励ますかのように、ゴウは優しく口を開いた。


「胸を張れぃ。

 お主のその魔法と、知識と、そして何より親友への友情が、この勝利を呼び込んだのだ。

 やはりお主は大魔導士よ。

 なぁ、レオンハルト・フォーゲル。」


 レオンハルト・フォーゲル――そう呼ばれた青年は、静かに微笑むと『魔導球サーキットスフィア』を発動させる。


 そのまま、その蒼い球体は収斂していき、彼の姿ごと輝きとなって消え去った。


 ちらり、と雪の一片がゴウの鼻先に舞う。


 獅子はゆっくり振り向くと、心底満足したといった笑みを浮かべた。


 そして、枝を跳び伝い、森の奥へとその姿を消していった。


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