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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第9章 -黒き森-
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第9話 結末

 ヒュウガが森の高台に向かってみると、そこには既に皆が到着していた。


「どうだったの?」


 静かに尋ねるフローレンスに、ヒュウガもまた静かに答えた。


「安心しな。執行人はちゃんと始末をつけてくれたよ。」


 張り詰めていたフローレンスの顔が、ようやく緩んだ。


 同時にシヴァが顔を青褪めさせて大木の根元にへたり込む。


「拙ぃな……コイツぁいけねぇ……。」


「おい……。」


 ヒュウガがシヴァへと声をかける。

 苦笑いと共に、シヴァは答えを返してきた。


「本当ならよぉ……お前ぇさんと本気の死合いができると思ったが……。

 あのデカブツ、ちっとも手加減ねぇのな……イヤんなるぜ……。」


 ぜぇぜぇと呼吸が乱れている。もう後はないだろう。


 ヒュウガは沈痛な表情で、ただうなだれてシヴァの言葉を聞いている。


「なぁ、羅刹の……。

 俺のカタナ、貰っちゃくれねぇかい?」


「どういうことだい……?」


 疑問を口にするヒュウガに向けて、シヴァが脂汗を流しながらも、ニヤリと笑い、言葉を続けた。


「あぁ……お前ぇさんに覚えおいてもらいてぇんだよ……。

 こんなヤツが居たってことを……お前ぇさんに、な。

 ありゃ俺の命だ……魂だ……だからこそ受け取ってもらいてぇ……。

 後生だ……頼む……。」


 瞳を閉じ懊悩するヒュウガの肩を、ゴウは優しく叩いた。


「受け取ってやれぃ。

 それがこやつの生きた証だ。」


「ありがてぇな、『修羅の獅子』。

 ああ……そうだ、羅刹の……。

 お前ぇさんとの二人羽織……即興だったけどよ……楽しかったぜ……?」


 シヴァの瞳から生気が消える。


 彼は顔に笑みを浮かべたまま逝った。


「墓が要るな……。」


「この男も『壊滅部隊』の一人。

 それでも墓を建てるの?」


 フローレンスが不思議そうに問う。


 そこへゴウが割り込むように答えてきた。


「戦友は弔う。あやつはそう言う男だ。」


 その言葉が終わるのを待っていたかのように、ブランが今来た道を戻るように駆け出した。


 困惑するフローレンスに、ヒュウガがつぶやくように声をかける。


「アイツには、後始末を頼んである。」


「後始末?」


「野犬狩りだ。

 今回の件で、野犬や狼がガッツリと人の味を覚えた。

 だから、ある程度数を減らす必要がある。」


「それをブランに……。」


 哀しそうな表情を見せるフローレンスにヒュウガはさらに答えた。


「これはアイツも納得ずくだ。

『村のみんなを守る』って張り切っていたからな。」


「そう……。」


 フローレンスは、ブランの走り去った先を見つめている。


 その後ろで、ゴウが二人に声をかけた。


「さて、儂も帰るか。」


「帰るって、どこにだよ。」


「どこか儂の力を欲している所よ。

 ま、お二人さん幸せにな。」


 それだけ言うと、ゴウはニカッと笑い、大きく跳び上がる。


 気が付けば、その姿は既に森の中へと消えていた。


「終わりました……エリク。」


 沈黙する森の中、ぽつり、と、フローレンスがつぶやいた。


 その名を聞いたヒュウガが、彼女へと静かに話しかける。


「エリク……シャーワイユ侯だな。

 本気だったのか?」


 フローレンスは瞳を逸らし、ヒュウガの言葉に答えた。


「あの人は……可能性を見せてくれたから……。」


「自由……いや、愛だろうな。

 じゃなきゃあそこまでヤツを恨むなんてこたぁねぇ。」


「貴方の言う通り。

 私はあの人を愛することができた。」


 月がフローレンスの顔を青白く照らしている。

 だが、今はその美しさが悲壮さを際立たせていた。


 ヒュウガは小さくため息をつくと、また静かに語りかける。


「だが、なんと言ってもカミソリ侯爵だ……。

 その気持ちすらも利用していたかもしれんぞ?」


「それでもよかった。

 だって……あの人は私の……特別な……。」 


 最後まで言葉を出し切れぬまま、すすり泣くフローレンス。


 ヒュウガはその肩を、ただ静かに抱きしめ続けていた。


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