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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第9章 -黒き森-
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第6話 獅子

 人影は、数十クラムは優にあろう高さから大地へと飛び降り、平然とした様子で半壊した小屋へと近づいてきた。


 青白い月光に照らされ、その姿が露わになる。


 黄金の鬣を蓄えた獅子の顔がそこに浮かび上がった。


 ゴウ・スメラギは再び嵐のような声を上げる。


「腑抜けてはならんぞ!

 やると決めたなら貫いてみせい!!」


「なんだいありゃ?」


 半ば呆れた声でシヴァがヒュウガに尋ねる。


「関係者だ。悪人じゃねぇ。」


「師匠ってとこか?」


「そんなところだ。」


 悠々と巨人の後ろを通ろうとするゴウへと巨人が拳を向け、一気に振り下ろした。


 ヒュウガが苦々しく、シヴァが憎らしげに躱し続けたその拳を、ゴウは難なく片手で受け止める。


 ほぼ同時に、黄金の獅子は受け止めた拳を軸にして、その巨体を易々と捻り飛ばしていた。


「なんだいありゃ?」


 シヴァが驚愕を声に込めて再び尋ねる。


 ヒュウガはため息をつきながら答えた。


「尋常じゃねぇのさ、あのオヤジは。

 多分あんな巨人なぞ、一捻りのイチコロだ。」


 ヒュウガの何か諦めたような物言いに、シヴァも悟ったのだろう。

 視線をゴウに向けたまま、再びヒュウガに尋ねる。


「その物言いだと、手伝っちゃぁ……。」


「無理だ。」


 シヴァの言葉を最後まで言わせず、被せるようにヒュウガが答えた。


 その一方で、鈍重に起き上がろうとする巨人をしり目に、ゴウは唸りを上げるブランの近くまで歩み寄っていく。


「ブラン! ソイツはいい。大丈夫だ!」


 噛み付かんとする勢いで威嚇を続けていたブランに向け、ヒュウガは制止を呼びかける。


 それでもなお警戒する魔獣に向け、ゴウは優しい笑みを見せてそっと言った。


「ご苦労さん。この娘さんを守っていたんじゃな。」


 魔獣の顔から警戒の色が消えた。


 ブランが普段の優しい顔に戻ったのを見て、ゴウはまたヒュウガに向けて叫ぶ。


「この娘子は儂に任せい!

 主ら二人は、その独活うどの大木の料理だ!

 ぬかるなよ……!」


 それだけ言うと、息も絶え絶えなフローレンスの傍にゴウはどっかと腰を下ろし、懐から一つの宝石を取り出した。


 その宝石の内部には無数の幾何学模様が彫り込まれている。

回路サーキット』――少量の魔力を増幅し、その内に秘められた魔法を発現させる驚異のアーティファクト。


 ゴウはそれに、自らの発する魔力を注ぎ込んだ。


「ナニするノ?」


 ゴウの背後から歪な声が聞こえてきた。


 彼は肩越しに後ろを見る。


 そこには、すぐ近くで彼女を覗き込んでいる魔獣がいた。


 魔獣はまた言葉を発した。


「ふろーれんす……ダイじょうぶ?」


 心配そうなブランに、ゴウは優しい声でゆっくりと答える。


「任せておけぃ。

 こんな傷などアッと言う間じゃよ。」


『回路』は煌々と輝き始め、グングンまばゆさを増していく。


 その輝きが閃光へと化したと同時に、魔法が顕現した。


 ゴウの言葉通りに、みるみる内にフローレンスの全身の傷が癒されていく。


 だが同時に、ゴウの額には脂汗がふつふつと浮かび上がってきた。


 輝き続ける『回路』。


 そのまま三分ほど経っただろうか。


 ゴウが一瞬苦しそうに呻き、『回路』の輝きがふっ……と消え失せた。


「いかんな……これ以上は気が触れる……。

 全く魔導士という連中はどれだけの事を為しておるのやら……。」


 獅子の肩が大きく上下している。

 それだけの消耗があったのだろう。


 だが、そんなゴウの消耗と引き換えに、フローレンスの姿は、今までと同じ美しさを取り戻していた。


 まだ赤い筋のようなものが残っているが、深い傷は跡形もなく消え失せ、後は彼女が目を覚ますのを待つばかりとなっている。


「さて……ブランとか言ったかの?

 彼女を温めてやってくれ。」


「わかッた。」


 そう言うと、ブランはその身体全てをフローレンスに沿わせ、冷える空気から彼女を守ろうとし始めた。


 満足そうに頷くゴウに、ブランは尋ねる。


「ボク、コワくない?」


「怖い?」


「ボク、まじゅうだヨ?」


 そんなブランの言葉に、呵々と大笑してゴウは答えた。


「人の言葉を話し、人の心を解するなら、それはもう人と同じじゃよ。

 何を怖がる必要がある?」


 ゴウはそう言うと、ニカッと気持ちの良い笑みを見せる。


 ブランが安心してその身をフローレンスに預けたのを見届け、ゴウは表情を改めて巨人へと向き直った。


 その視線の先では、二人の闘士が巨人相手に戦いを繰り広げている……。


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