第6話 獅子
人影は、数十クラムは優にあろう高さから大地へと飛び降り、平然とした様子で半壊した小屋へと近づいてきた。
青白い月光に照らされ、その姿が露わになる。
黄金の鬣を蓄えた獅子の顔がそこに浮かび上がった。
ゴウ・スメラギは再び嵐のような声を上げる。
「腑抜けてはならんぞ!
やると決めたなら貫いてみせい!!」
「なんだいありゃ?」
半ば呆れた声でシヴァがヒュウガに尋ねる。
「関係者だ。悪人じゃねぇ。」
「師匠ってとこか?」
「そんなところだ。」
悠々と巨人の後ろを通ろうとするゴウへと巨人が拳を向け、一気に振り下ろした。
ヒュウガが苦々しく、シヴァが憎らしげに躱し続けたその拳を、ゴウは難なく片手で受け止める。
ほぼ同時に、黄金の獅子は受け止めた拳を軸にして、その巨体を易々と捻り飛ばしていた。
「なんだいありゃ?」
シヴァが驚愕を声に込めて再び尋ねる。
ヒュウガはため息をつきながら答えた。
「尋常じゃねぇのさ、あのオヤジは。
多分あんな巨人なぞ、一捻りのイチコロだ。」
ヒュウガの何か諦めたような物言いに、シヴァも悟ったのだろう。
視線をゴウに向けたまま、再びヒュウガに尋ねる。
「その物言いだと、手伝っちゃぁ……。」
「無理だ。」
シヴァの言葉を最後まで言わせず、被せるようにヒュウガが答えた。
その一方で、鈍重に起き上がろうとする巨人をしり目に、ゴウは唸りを上げるブランの近くまで歩み寄っていく。
「ブラン! ソイツはいい。大丈夫だ!」
噛み付かんとする勢いで威嚇を続けていたブランに向け、ヒュウガは制止を呼びかける。
それでもなお警戒する魔獣に向け、ゴウは優しい笑みを見せてそっと言った。
「ご苦労さん。この娘さんを守っていたんじゃな。」
魔獣の顔から警戒の色が消えた。
ブランが普段の優しい顔に戻ったのを見て、ゴウはまたヒュウガに向けて叫ぶ。
「この娘子は儂に任せい!
主ら二人は、その独活の大木の料理だ!
ぬかるなよ……!」
それだけ言うと、息も絶え絶えなフローレンスの傍にゴウはどっかと腰を下ろし、懐から一つの宝石を取り出した。
その宝石の内部には無数の幾何学模様が彫り込まれている。
『回路』――少量の魔力を増幅し、その内に秘められた魔法を発現させる驚異のアーティファクト。
ゴウはそれに、自らの発する魔力を注ぎ込んだ。
「ナニするノ?」
ゴウの背後から歪な声が聞こえてきた。
彼は肩越しに後ろを見る。
そこには、すぐ近くで彼女を覗き込んでいる魔獣がいた。
魔獣はまた言葉を発した。
「ふろーれんす……ダイじょうぶ?」
心配そうなブランに、ゴウは優しい声でゆっくりと答える。
「任せておけぃ。
こんな傷などアッと言う間じゃよ。」
『回路』は煌々と輝き始め、グングンまばゆさを増していく。
その輝きが閃光へと化したと同時に、魔法が顕現した。
ゴウの言葉通りに、みるみる内にフローレンスの全身の傷が癒されていく。
だが同時に、ゴウの額には脂汗がふつふつと浮かび上がってきた。
輝き続ける『回路』。
そのまま三分ほど経っただろうか。
ゴウが一瞬苦しそうに呻き、『回路』の輝きがふっ……と消え失せた。
「いかんな……これ以上は気が触れる……。
全く魔導士という連中はどれだけの事を為しておるのやら……。」
獅子の肩が大きく上下している。
それだけの消耗があったのだろう。
だが、そんなゴウの消耗と引き換えに、フローレンスの姿は、今までと同じ美しさを取り戻していた。
まだ赤い筋のようなものが残っているが、深い傷は跡形もなく消え失せ、後は彼女が目を覚ますのを待つばかりとなっている。
「さて……ブランとか言ったかの?
彼女を温めてやってくれ。」
「わかッた。」
そう言うと、ブランはその身体全てをフローレンスに沿わせ、冷える空気から彼女を守ろうとし始めた。
満足そうに頷くゴウに、ブランは尋ねる。
「ボク、コワくない?」
「怖い?」
「ボク、まじゅうだヨ?」
そんなブランの言葉に、呵々と大笑してゴウは答えた。
「人の言葉を話し、人の心を解するなら、それはもう人と同じじゃよ。
何を怖がる必要がある?」
ゴウはそう言うと、ニカッと気持ちの良い笑みを見せる。
ブランが安心してその身をフローレンスに預けたのを見届け、ゴウは表情を改めて巨人へと向き直った。
その視線の先では、二人の闘士が巨人相手に戦いを繰り広げている……。




