第4話 巨人
蠢く肉塊の中で、ブランは大きく吠えた。
一方で、ヒュウガの前には刀を構えたシヴァが対峙している。
ヒュウガとシヴァ――互いを目で牽制している中、ヒュウガが叫んだ。
「ブラン! フローレンスを守れ!!
ゲシノクを逃がすな!!」
ブランが怒りに燃える目でフローレンスの元に一足飛びで駆け寄った。
同時にその牙で彼女を両腕で戒めていた鎖を噛み切る。
ゆるり……と、その身を後ろへと向け、真っ赤に染まったその口を開けてゲシノクを威嚇するブラン。
ゲシノクは大きく悲鳴を上げ、一気に数歩後ずさる。
その声を聞いたシヴァが大声で叫んだ。
「ったくよぉ!
他人にそんだけ借りを作って、手前ぇの番はナシだってか!?
いい加減、腹括れや!!」
シヴァの言葉に続き、ヒュウガも静かにゲシノクに言葉を投げつける。
「そのヤロウの言う通りだぜ。
今度こそ年貢の納め時だ。
楽には死なせねぇからそう思え。」
二人の言葉を聞いたゲシノクから、再び威勢のいい怒号が飛び出す。
「うるさい! うるさいんだ! お前らは!!
見せてやるぞ……ボクの本気、見せてやる!!」
そう言うと、ゲシノクは懐から赤いボタンのついた握りを取り出した。
そのまま赤いボタンを勢いよく押し込む。
同時に青白い複雑な幾何学模様を刻んだ球体が小屋の中に展開された。
「アレは!?」
ヒュウガは目を疑った。
それは『魔導球』。しかも、いく度となく目にした『転移』の魔法のものだ。
徐々に球体が収斂し、その中にあった物が顕現する。
「ひっ! ひひひ! 僕の切り札だ!
遺跡の巨人だぞ!! 怖いだろう!?
降伏なんて認めないからな!!」
ゲシノクがますます狂気じみた叫びを上げる。
魔導球のあったそこには……直系五クラム程の球体から腕と足が伸びている、そんな子供の落書きのようなモノがヌッと立っていた。
表面は金属の特有の光沢があり、銀色に輝いている。
腕も足も、何かマンガの様に末端肥大でディフォルメが効いているような塩梅だ。
胴体の中心に光が灯る。
その光が全身の隅々に流れ込んだかと思うと、ついに巨人が動き出した。
一歩、二歩、と足元を確かめるかのように歩き始める。
鈍重な歩みののち、腕を肩の向こうへと大きく振り絞り、一気に振り下ろした。
一撃を受け、小屋の床がまるでウェハースのように破れ散っていく。
再び拳を振り上げて、叩き落す。
だが、その攻撃はどうにもヒュウガに集中しきっていない。
ヒュウガが直感する。
(まさか、ヤツは!?)
その『まさか』を、シヴァも感じ取ったのだろう。
その口から怒号が飛び出した。
「手前ぇっ!!
俺も一緒に殺るつもりだな!?」
ゲシノクは下卑た笑みを浮かべたまま、首を掻き切るポーズを見せる。
瞬間、巨人の剛腕が唸りを上げて二人に襲い掛かってきた。
どうやらゲシノクは、ヒュウガとシヴァの二人に狙いをつけているらしい。
ゲシノクの目が二人へと向かっていることに気付いたブランが、背後から牙をむいてゲシノクに襲い掛かった。
だが、その一撃はゲシノクに届かない。
小男はゆっくりとブランへと振り向き、呆れたように言った。
「ケダモノだから言ってもムダだけどさ。
これ! 『障壁』って言うの!!
今のボク、無敵だから!!」
見えない壁を蹴り飛ばし、一気に間合いを離すブラン。
気絶しているフローレンスを守るように、四つ足を踏ん張って身構え直す。
一方、巨人を相手取っている二人は、小屋の角へと押し込まれていた。
「おい、羅刹の。」
「なんだ?」
シヴァの呼びかけにヒュウガが答えた。
その言葉を聞き、シヴァが提案する。
「ここは共闘だ。
どうせあのキチガイを殺しに来たんだろ?
手伝ってやるから、まずはデカブツを黙らせようぜ?」
「なら、やっておきたいことがある。」
巨人の腕が二人を狙って繰り出される。
それを躱しつつ、ヒュウガとシヴァは部屋の真ん中へとその身を置いていた、
「んで? 何をやるんだい?」
ボソリ、とシヴァが問う、
ヒュウガも静かに、また言葉少なに答えた。
「お前ぇさん、この下まで潜り込んだか?」
ヒュウガのその言葉に、シヴァがピン……と、勘付いた。
「火種は?」
「ランプだ。」
一瞬だけ、ヒュウガが上を向く。
それを合図に二人が動いた。
シヴァはランプを切り落とし、ヒュウガがその真下の床を一気に踏み破る。
現れたのは……爆薬の樽だ。
その上に油をまき散らしながらランプが割れた。
ジリッ……と何かが焼ける音がする。
巨人はそれに怖じることなく、また一歩踏み込んだ。
ヒュウガとシヴァは、かすかな火薬の焼ける音に耳を澄ます。
再び攻撃態勢を取る巨人。
その一撃を躱すため、二人が大きく間合いを離すと、それを待っていたかの如く轟音と共に大爆発が起きた。




