第8話 焦燥
乱雑に、だが的確に、シヴァはテオの罠を解除していた。
時折周囲を見渡し、高台、崖、深い茂みの向こうなど、人が潜みそうな場所にも目を光らせる。
昨夜の脱走劇のおかげで引き連れる人数は減ったため、進軍速度はかなり上がっていた。
少なくとも、右に左にと行く道も解らず千鳥足だった行軍に比べればまだ統率が取れており、ゲシノクの発言からか、やる気も見て取れる。
そんな中、グロスが罠を外すシヴァにこっそり語りかけた。
「なんか荒れてねぇか?」
「お前ぇさん、人の事よく見てんだな。」
シヴァは作業の手を止めないまま、やはりボソボソと答えを返す。
二人の視線がゲシノクに向かった。
その目が地図に釘付けであることを確認し、会話が再び始まった。
「何が気に入らねぇんだい。
ここまで来たらお宝を拝まにゃ引っ込みがつかねぇだろう?」
グロスの言葉に、シヴァは眉根を寄せて答えてきた。
「気に入らねぇのは、『山分け』と抜かしたヤツの腹ン中さ。」
「どういう意味だ?」
「わかんねぇかな……。
山分けってこたぁ、頭数少ねぇ方が儲けは大きいんだぜ?」
少々困惑した表情を見せていたグロスの顔がみるみる引き攣ってきた。
その表情に向け、間髪入れずシヴァが止めを叩きこむ。
「ようやくわかったかい?
今こそ静かに進んじゃいるが、この先もこうとは限らねぇ。
お宝の量にもよるが、金は人を簡単に狂わせるからな。
罠や地形を利用した足の引っ張り合い……最悪、直接の同士討ちまであり得る。
だから考えなしに『山分け』とか抜かした、その短慮が気に食わねぇんだよ。」
それだけ言うと、シヴァは蛮刀を振り下ろし、茂みに絡みつく蔦を叩き切る。
直後、勢いよくかなり広い網が、目の前の地面から飛び出してきた。
グロスは青褪めた顔のまま小さくため息を吐き、更にシヴァへと話しかける。
「なぁ、一つ聞かせてくれ。
お前ぇさん……そこまでイラついてるのに、何だって律義に罠を外してるんだ?」
「何の話をしている?」
甲高い、それでいて静かな響きの声が二人の後ろから響いた。
グロスが慌てて声の主に振り返る。
それとは対照的に、シヴァは落ち着き払って振り向く事もないまま、後ろに立ったゲシノクへと答えた。
「なに、あとどれぐらい罠がありそうかって話さ。
俺の勘じゃ、もうすぐ開けた場所に出る。
そこで多分今夜は野営だろうよ。」
そんなシヴァの言葉をゲシノクは聞きとがめ、声を荒げる。
「野営だと!?
この地図によれば、財宝のある洞窟は目の前なのだぞ!?
サッサと進め! 進むんだ!!」
「なぁ、長官殿。
別に慌てなくてもようございませんか?
ただでさえ暗い中で洞窟に入れば、何かあった時大変な目に遭いますぜ?」
グロスもうんざりした声でゲシノクの言葉を否定してきた。
彼も下手に出てはいるが、忠誠心のメッキがかなり剥がれ始めている。
ゲシノクは妙な気配を感じ、ハッと振り向いた。
そこには八人分の目が、疲れから恨みがましい視線を向けている。
今の自分に味方がいないことを悟ったゲシノクは、ギリッと歯を鳴らし何とか言葉を振り絞った。
「す……好きにしろ……。」