第5話 誤算
「参ったな……。」
「どうしたの?」
崖の上で様子を探っていたヒュウガが、ボソリとつぶやいた。
隣にはできる限り白系の服をコーディネイトしたフローレンスが控えている。
「損耗が予想よりずっと少ない。
前にやりあった時でも相当だったが、あの剣使い、かなりのやり手だ。」
フローレンスが双眼鏡で崖下の様子を窺った。
剣使いの姿を確認したらしく、ヒュウガに向けて静かに語る。
「シヴァ・ラスコー……本物の特務部隊上がり。
別名は、『仲間斬りのシヴァ』。」
「『仲間斬り』?」
「そう。
不要と判断した者、足手まといと見なされた者などを躊躇なく『切り捨てた』。
比喩ではなく、文字通りに。」
「それで懲罰部隊から、この吹き溜まりって所か……。
ところであの妙な剣は何だ?
この辺りの剣とは根本から違うが。」
「あれは『カタナ』。
西方から流れてきたものをあの男は後生大事に使っている。」
「西方か……。
一応、俺も向こうの出ではあるが、もうウワサしか知らねぇからなぁ……。
ただ、その『カタナ』か? 前ン時ちょいと味わったが、ありゃおっかねぇ剣だ。
普通の剣は重さが先にきて、刃が後にくる。
言ってみりゃ『叩き切る』って寸法だが、ありゃ違う。
先に刃が来て、その後に重さがくる。
いわば『切り裂く』剣だ。
下手に受けようもんなら、大怪我どころか真っ二つだろうよ。」
静かに目を閉じて語るヒュウガの言葉を、フローレンスは神妙な顔で聞いている。
ヒュウガは改めてフローレンスから双眼鏡を受け取り、再び崖下に目を向けた。
そのレンズの向こうではシヴァがあちこちを探りつつ、罠を発動させ、無力化しているのが見えている。
ヒュウガは口に手を当て考え始めた。
そんなヒュウガの顔を見つつ、フローレンスはやはり静かに尋ねる。
「どうするの?」
「ちょいと仕掛ける。」
ヒュウガは彼女の言葉へ即答し、そのまま言葉を続けた。
「今は正午過ぎの昼下がりだ。
それでいて、連中は斥候どもを殺ったところからそんなに進んでいない。
あのシヴァってヤロウがどの程度までかはわからんが、残る連中を安全に進めるようにするにはかなりの労力が必要だろう。
そう言った意味でテオの罠は、足止めとして十二分に効いている。」
「でも、連中の数はほとんど減っていない。
このままでは、小屋の仕掛けが満足に機能しない。」
「だから、もう少し待つ。
連中が野営の準備を考え始めたら頃合いだ。
そこへ十本ほど矢を撃ちこめば、連中をかなり刈りとれる。」
「なぜ?」
フローレンスが疑問を投げかけてきた。
ヒュウガの持つ自信の理由を知りたいのだ。
ヒュウガは身をかがめ、そっとその場から離れつつ、再び語り始める。
「野営を考える頃なら、相当に足も鈍る。
あの野郎が罠を片付けたとしても、全てと言うわけにはいかんだろう。
そこで襲撃を臭わせる。
泡食ったその他大勢に矢傷を負わせれば重畳、残った罠に引っかかってくれれば、それもまた良しだ。
そしてもう一つ……。」
「もう一つ?」
「ああ、そうだ。
夜襲にビビった連中が逃げ出そうとするのは火を見るより明らかだ。
夜が明けたら一体どれだけの兵が残ってるんだろうな?
逃げたヤツらが森を生きて出られるか……賭けるかい?」
冗談を言いつつも、真面目な表情を崩さないヒュウガに向け、無表情のままかぶりを振るフローレンス。
音を立てずに進むヒュウガに倣い、フローレンスもやはり静かに場を離れていく。
崖下のはるか向こう。『壊滅部隊』が罠に四苦八苦しているその場では、シヴァが手を止め、崖の向こうを見上げていた。
いかにも楽しそうな笑みを、その顔に湛えて。




