第1話 刀
「それにしても長官殿。
お宝なんて本当にあるんですかい?」
強面の大男がゲシノクに声をかけた。
場所はブルメンスの森。まだギリギリマウル王国の国境は越えていない辺り。
周りでは、軍隊だったとしてもガラの悪そうな連中が、野営の片づけを行なっている最中だ。
「それは確かだ。
帝国から情報を持ちかえった連中の話では、シャーワイユの手の者からの情報を帝国諜報部が握ったという。」
「ナルホド、左様でありますか……。
そりゃ急がなきゃなりませんなぁ。」
やる気の感じられない相槌が、長官の後ろから飛び込んできた。
そこには倒木に腰かけ、ニヤニヤと笑っている男の姿があった。
その肩には、反りの入ったやや細身の剣――『刀』が担がれている。
「何だね副隊長?
随分と言いたげなことがありそうだな!?」
ゲシノクが青筋を立てて『刀』の男に詰め寄ろうとしたところで、先の強面が間に割って入った。
「長官殿、この男の嫌味などいつもの事じゃあありやせんか。
それより、一つご訓示をお願いしますぜ。」
「そうだな。では、一時間ほど後に全員を集めろ。
今回の件について大まかのところを聞かせてやらねばな。」
強面は、大きくひと息を吐き、『副隊長』と呼ばれた『刀』の男に顔を向けた。
「全くテメェは……あれほど長官のヤロウの機嫌を取れと言ってるだろうが!」
『副隊長』はそんなことをどこ吹く風と、ぼんやり空を見上げている。
「テメェ! 聞いてんのか!!」
「デケェ声出さねぇでも聞こえてますぜ、現場指揮官殿。」
『副隊長』は、耳の穴に小指を突っ込み、粉状の耳垢を吹き飛ばす。
その後、大きな欠伸を一つしたかと思うと、再びやる気のない声を上げた。
「だが、アンタも大変だな。
長官殿を子守しながら、屑どもを取りまとめるなんざよ。
俺ぁ無理だね。その日のウチに全員叩っ斬っちまう。」
視線が強面の男――グロス・ハーティングの目に向けられた。
グロスの目には怒りの色が宿り、『刀』の男に雷を落とす。
「本来ならテメェが補佐するんだよ! シヴァ・ラスコー!!
ちったぁコッチの苦労も考えろや!!」
「そうは言うがな隊長殿よ。
アンタは長官殿に便宜を図って頂いて、ずいぶんいい目を見てるじゃねぇか。
それに引き換え、俺は食事に牛肉も出やしねぇ。
これでどうやってやる気なんてのを出しゃいいんだい?」
先ほどまでとは打って変わって冷酷な視線でグロスの顔を射抜くシヴァ。
グロスはさっきまでの怒りに、一気に冷や水をぶっかけられたかの如く、顔を青褪めさせて答える。
「だから、まともな飯にあり付けたきゃ長官殿の機嫌を取れって言ってんだ。
なあ、コッチにまでとばっちりはゴメンなんだからよ……。」
グロスの心細そうな声を聞き、シヴァは喉の奥で笑い始めた。
「暴力沙汰で八人殺した男が、何だってあんなチンケな野郎に尻尾振ってる?
今ここで全員に号令かけりゃ、あんなチビなんざイチコロだろうが。」
「そうはいかねぇ理由があるんだよ。」
周りを見回し、長官初め、誰もいないことを確認してグロスがひそひそ声で答え始めた。
「あのヤロウ、遺跡の兵器を隠し持ってやがるって噂なんだよ。
オメェさんの言ったように、以前、あのチビを潰す腹で長官室に忍び込んだ連中がいたってんだ。
だがその結果は、ヤツの身体は返り血まみれ、殺そうとした連中は皆ミンチになってたって話でな。
どんな兵器かまではわからんが、下手に手向かおうもんなら……どうなるかわかるだろうが……。」
か細くなるグロスの声を聞いたシヴァは、ため息を一つついて尋ねた。
「お前ぇさん、『根切り』の後に編入だったな。」
「ああ、そうだ。
そう言う点では、キサマの方が古株だろう?
なんで隊長にならねぇんだよ。」
「そうは言っても、俺もあの『根切り』の実働部隊ってことで組み入れられた口だからな。
あんまりお前ぇと大差ねぇよ。
それに、だ。俺ぁどうにも長官殿とは反りが合わねぇ。
向こうもそれには気づいてるんだろうよ。重要な仕事は任せねぇのさ。
ま、コッチとしちゃ、納得できる仕事を回してくれりゃそれでいいんだがな。」
グロスが怪訝な顔を見せてシヴァに聞く。
「納得できる仕事ってなぁなんだ?」
「人斬りさね……。」
シヴァはそれだけ言うと、冷酷な視線と共にくすくす笑い出す。
グロスは思った。
この部隊の中で、最も危険なのはこの男で間違いない、と。