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黒き森の狼 ~ある狩人の日記より~  作者: 十万里淳平
第7章 -斥候-
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第4話 ゲシノク・バートランド

「貴様はっ! 貴様は何を持って帰った!?

 私はシャーワイユの財宝の在処を確認し、それを証し立てる財宝の一部を持って来いと命じたはずだ!!

 それを……金貨っ! 金貨一枚!?

 しかも卑俗な狩人から施されたとはどういう了見だ!!」


 そこまでひと息に怒鳴りつけた小男は、鎖で縛りつけられている男の脇腹に焼き鏝を力任せに押し付けた。


 人の生肉の焼ける、不快な臭いが周囲に漂う。


 全身には何箇所にも激しい殴打の痕跡が見られ、他にも焦げた焼き鏝の痕、剣で斬り裂かれた傷がそこかしこに見受けられた。


 それでも怒りが収まらないのか、百と五十クラン程の小男は棒状の鞭を、後ろに控えている男から奪い取るようにして手に取り、その身体を打ち据え始めた。


 そんな男の腹と言わず、胸と言わず、ただ怒りのままに小男は鞭で打ち据える。


 気が付けば、男は絶命していた。


 その事を告げられた小男は、鞭を投げ捨て、男の顔へと唾を吐きかける。

 少佐はその様を、眉一つ動かすことなく見届けた上で、小男に話しかけた。


「長官、ご報告です。」


「なんだ!?」


 少佐からの言葉に苛立ちを隠すことなく、長官である小男が答えた。


 そう、この小男がゲシノク・バートランドなのだ。


 ゲシノクは粗雑な椅子にどっかと腰かけ、部下である少佐の言葉を待っている。


 その様子を十分に確認した少佐はゲシノクに報告した。


「現状、『壊滅部隊』へと転向させられる人員はなし。

 繰り返します。『壊滅部隊』への補充は許可されません。」


 ゲシノクの足の貧乏ゆすりが徐々に激しくなっていく。


「どいつもこいつも……私の言葉を何だと思っている!

 私は陛下御寵愛の諜報部長官なんだぞ!?

 本来ならば私の言葉に誰も彼も平伏する必要があるだろうが!!」


 癇癪を爆発させたゲシノクの声が、石造りの地下室にこだまする。


 少佐は静かに、だが、無表情でゲシノクを諭すように言う。


「お言葉ですが、長官。

 現在長官の妙案によって、収監されていた凶悪犯罪者と言える者たちは、ほぼ姿を消している形です。

 陛下もそれを聞けば、きっと……。」


「副長。何を見当違いのことを言っている?」


 強い敵意を持ったゲシノクの視線が、副長官である少佐を鋭く射抜いた。


「今は……いや、今回は人手が必要なのだ!

 スリやかっぱらい、政治犯のような穀潰しでもいい!

 まずは人手がいるのだ!」


 ますます語気が荒くなっていくゲシノクに対し、副長官は再び静かに口を開いた。


「しかし『壊滅部隊』の設立において、諜報部が自由にできるのは凶悪犯のみに限定し、使い捨ての子飼いにする形での制限の上、許可が下りたはずです。

 政治犯のような、ある意味凶悪犯罪者より危険な連中を引きずり出しては、国体の維持にも影響が……。」


 副長官の言葉が終わるか終わらないかの内に、その左頬が打ち据えられた。


 ゲシノクは先ほどの鞭を手にし、忌々しげな表情で副長官を睨んでいる。


「え? 副長官殿。

 貴官はいつから私に意見できるほど偉くなったのかね?

 それとも何か? 嫌味で私を殺すつもりか?」


 副長官は口内を切ったのだろう。

 口から一筋血を流し、やはり静かにこういった。


「いえ……出過ぎた口を利きました。」


 ゲシノクは再び鞭を放り投げると、副長官に向けて吐き捨てるように命じた。


「明日までに十人だ。十人の補充を行なえ。」


「明日……ですか?

 申し訳ありませんが、司法省の手続きがあります。

 人員の選別がなくとも、この手続きだけで最低四日はかかること、長官殿ならご存知でしょう?」


「それをやれ、と言っている!!」


「不可能です。それを行なうには国王陛下の赦免状の用意が必須です。

 国王陛下の頭越しにそれを成そうものなら、不敬罪も覚悟せねばなりません。」


 副長官の静かな、しかし強烈に強い意思の込められた声に、ゲシノクも怯む。


 いかに不遜な男だとしても、バックボーンにある人間の威光に傷をつけるわけにはいかないだろう。


 怒りか、焦りか……体をわずかに震わすゲシノクに、副長官が畳みかけるように言葉を継いだ。


「なお、国王陛下からの御用命です。

『現在政治犯の取り締まりが緩くなっている。

 諜報部全体で事に当たれ。』

 以上であります。」


「全体!? 全体と言ったか!?」


「左様であります。

 なお、この件、『壊滅部隊』は適用外とするとの事です。

 現場は自分に任せて頂いても構いませんが?」


 ゲシノクは、即座に言葉を出すそぶりを見せたが、慌てて熟考するようなポーズをとった。


 数十秒後、ゲシノクは咳ばらいを一つして、副長官に答えた。


「では、その前線は貴官に任せる。

 私は、どうしてもやらねばならん案件があるのでな。」


 それだけ言うと、ゲシノクはニヤリと笑みを見せた。


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