第4話 ゲシノク・バートランド
「貴様はっ! 貴様は何を持って帰った!?
私はシャーワイユの財宝の在処を確認し、それを証し立てる財宝の一部を持って来いと命じたはずだ!!
それを……金貨っ! 金貨一枚!?
しかも卑俗な狩人から施されたとはどういう了見だ!!」
そこまでひと息に怒鳴りつけた小男は、鎖で縛りつけられている男の脇腹に焼き鏝を力任せに押し付けた。
人の生肉の焼ける、不快な臭いが周囲に漂う。
全身には何箇所にも激しい殴打の痕跡が見られ、他にも焦げた焼き鏝の痕、剣で斬り裂かれた傷がそこかしこに見受けられた。
それでも怒りが収まらないのか、百と五十クラン程の小男は棒状の鞭を、後ろに控えている男から奪い取るようにして手に取り、その身体を打ち据え始めた。
そんな男の腹と言わず、胸と言わず、ただ怒りのままに小男は鞭で打ち据える。
気が付けば、男は絶命していた。
その事を告げられた小男は、鞭を投げ捨て、男の顔へと唾を吐きかける。
少佐はその様を、眉一つ動かすことなく見届けた上で、小男に話しかけた。
「長官、ご報告です。」
「なんだ!?」
少佐からの言葉に苛立ちを隠すことなく、長官である小男が答えた。
そう、この小男がゲシノク・バートランドなのだ。
ゲシノクは粗雑な椅子にどっかと腰かけ、部下である少佐の言葉を待っている。
その様子を十分に確認した少佐はゲシノクに報告した。
「現状、『壊滅部隊』へと転向させられる人員はなし。
繰り返します。『壊滅部隊』への補充は許可されません。」
ゲシノクの足の貧乏ゆすりが徐々に激しくなっていく。
「どいつもこいつも……私の言葉を何だと思っている!
私は陛下御寵愛の諜報部長官なんだぞ!?
本来ならば私の言葉に誰も彼も平伏する必要があるだろうが!!」
癇癪を爆発させたゲシノクの声が、石造りの地下室にこだまする。
少佐は静かに、だが、無表情でゲシノクを諭すように言う。
「お言葉ですが、長官。
現在長官の妙案によって、収監されていた凶悪犯罪者と言える者たちは、ほぼ姿を消している形です。
陛下もそれを聞けば、きっと……。」
「副長。何を見当違いのことを言っている?」
強い敵意を持ったゲシノクの視線が、副長官である少佐を鋭く射抜いた。
「今は……いや、今回は人手が必要なのだ!
スリやかっぱらい、政治犯のような穀潰しでもいい!
まずは人手がいるのだ!」
ますます語気が荒くなっていくゲシノクに対し、副長官は再び静かに口を開いた。
「しかし『壊滅部隊』の設立において、諜報部が自由にできるのは凶悪犯のみに限定し、使い捨ての子飼いにする形での制限の上、許可が下りたはずです。
政治犯のような、ある意味凶悪犯罪者より危険な連中を引きずり出しては、国体の維持にも影響が……。」
副長官の言葉が終わるか終わらないかの内に、その左頬が打ち据えられた。
ゲシノクは先ほどの鞭を手にし、忌々しげな表情で副長官を睨んでいる。
「え? 副長官殿。
貴官はいつから私に意見できるほど偉くなったのかね?
それとも何か? 嫌味で私を殺すつもりか?」
副長官は口内を切ったのだろう。
口から一筋血を流し、やはり静かにこういった。
「いえ……出過ぎた口を利きました。」
ゲシノクは再び鞭を放り投げると、副長官に向けて吐き捨てるように命じた。
「明日までに十人だ。十人の補充を行なえ。」
「明日……ですか?
申し訳ありませんが、司法省の手続きがあります。
人員の選別がなくとも、この手続きだけで最低四日はかかること、長官殿ならご存知でしょう?」
「それをやれ、と言っている!!」
「不可能です。それを行なうには国王陛下の赦免状の用意が必須です。
国王陛下の頭越しにそれを成そうものなら、不敬罪も覚悟せねばなりません。」
副長官の静かな、しかし強烈に強い意思の込められた声に、ゲシノクも怯む。
いかに不遜な男だとしても、バックボーンにある人間の威光に傷をつけるわけにはいかないだろう。
怒りか、焦りか……体をわずかに震わすゲシノクに、副長官が畳みかけるように言葉を継いだ。
「なお、国王陛下からの御用命です。
『現在政治犯の取り締まりが緩くなっている。
諜報部全体で事に当たれ。』
以上であります。」
「全体!? 全体と言ったか!?」
「左様であります。
なお、この件、『壊滅部隊』は適用外とするとの事です。
現場は自分に任せて頂いても構いませんが?」
ゲシノクは、即座に言葉を出すそぶりを見せたが、慌てて熟考するようなポーズをとった。
数十秒後、ゲシノクは咳ばらいを一つして、副長官に答えた。
「では、その前線は貴官に任せる。
私は、どうしてもやらねばならん案件があるのでな。」
それだけ言うと、ゲシノクはニヤリと笑みを見せた。




