第3話 十年前の呪い
「いや、参りました……。」
ヒュウガの家に戻ったクリストフが口を開く。
「こちらが用件を伝えたら質問攻めです。
いつまで森に入れないのか、どこまで入っても大丈夫なのか。
手伝わされることはないのか、金や食料の徴収はするのか……。
何とかあしらってはきましたが、実際どうなんでしょう、見立ての方は。」
ヒュウガは投げナイフを研ぐ手を止めて、クリストフに向き直った。
「やるのは俺たち二人と一匹。これは絶対だ。
お前ぇさんたちには悪いが、手伝ってもらったらさっさと帰ってもらいたい。」
「いや、しかし……。」
不満そうに口を挟むクリストフに向け、ヒュウガがさらに言葉を続ける。
「気取られちゃまずいのさ。
相手には軍の臭いを嗅ぎつけられちゃ困る。
俺の筋書きでは、ヤツらを狩るのは金に目のくらんだ狩人ということにするつもりなんでな。」
「狩人ですか?」
困惑した表情でクリストフが再びヒュウガに問いかける。
ヒュウガは、蛮刀を鞘から抜き放ち、その刃の状態を確認した。
「俺の見立てが正しいなら、正規軍は動かない。
まずは小規模でやってくるところからだ。
ゲシノクのヤツぁ、お宝を全部いただきたいんだから、分け前が減るような助力を頼むはずはないし、まして国王にコトが漏れようものなら、財宝は全て没収だろう?
そして、ゲシノクお抱えの『壊滅部隊』の部隊規模は三十人前後との情報。
そうなりゃ、ヤツらのうち、五、六人からがまずはやってくるはずだ。」
ヒュウガは蛮刀を研ぎ始め、さらに言葉を繋げる。
「その連中をひとりだけ逃げ帰らせて、ゲシノクを引きずり出す。
ずぶの素人な狩人に、曲がりなりにも諜報部の斥候が潰されたとありゃ、長官殿の面目は丸つぶれだ。
ヤツの性格を聞く限り、コレで釣れないことはないと踏んでいる。」
フローレンスは森の地図を何度も見返しながら、ヒュウガの言葉に続いた。
「あの男は気が短く、常に拙速。
こちらの狙いは、ほぼ的中すると見て間違いない。」
「そんな男が諜報機関の長官とは……。
マウルでは人材が少ないのですか?」
クリストフの問いにフローレンスが答える。
「もっと有能な人材は大勢いる。
だが、国王が無能ではどうにもならない。
今、国王を取り巻いているのは『然りご尤も』の飼い犬ばかりで、正しい諫言を言える忠臣は皆、牢の中か土の下で眠っている。」
「それでよく宣戦布告をしてこないものだ……。」
「国王がそれだけ帝国を恐れているという事。
国軍の開戦派は、今すぐにでも帝国全土を手中にできると豪語しているが、国王は乗り気ではない。
十年前の一件が、未だに尾を引いているから。」
クリストフとフローレンスの会話を聞いたヒュウガの手が、ピタリ、と止まった。
「十年前の一件……か。
あの件が今この国を守ってると聞いたら、アイツはどんな顔するのやら……。」
それだけボソリとつぶやくと、ヒュウガはまた蛮刀を研ぎ始める。
テオとエルマーが帰宅してきたのは、そんなタイミングだった。