第2話 作戦
「段取りはこうだ。」
テーブルの上に森の地図を広げ、ヒュウガが三人に指示を出し始めた。
「現在、ロウ中尉がこのブルメンスの森にシャーワイユの隠し財産があるという偽情報を流しているところだ。」
エルマーがヒュウガの顔を覗き込むようにして口を出す。
「その話は聞いています。
なんでも『妖』から直接聞き出した、と噂になっていますよ。」
「同時に、マウルの間者が数人脱走したとも聞いています。
国境線でも捕らえられていないとか。」
テオが続いて口を開いた。
その言葉を聞いて、ヒュウガは満足げな笑いを見せる。
「やってくれるね、中尉。
これで釣り針は水の中、だ。
んで、コッチはコッチで仕掛けを作る。」
「仕掛け……ですか?」
怪訝そうな声を上げるクリストフにヒュウガが答える。
「ああ。森の中を罠だらけにするのさ。
連中が動く度に引っかかるようなものをな。」
ヒュウガの言葉にクリストフが納得した。
「なるほど……財宝を目当てにやってきた諜報部隊をそれで一網打尽にする、と。」
「初めっからゲシノクが出てくるとは思ってねぇ。
だが、二回も失敗が続けば、ヤツ自身が陣頭指揮を執ろうと出張ってくる可能性が出てくる。
そこからが本番だ。逃がさず、確実に仕留める。」
クリストフは、ゾクリ……と背筋を震わせた。
ヒュウガの目の奥に、今まで見た事のないような青白い怒りの炎が見えた気がしたからだ。
テオが地図を見ながらヒュウガに尋ねる。
「ゲシノクという奴は、そんな陣頭指揮をとろうとするのでしょうか?
常に奥に引っ込んで、失敗が続くようなら諦める手合いだったら?」
「それはない。」
コーヒーを淹れたフローレンスが、四人にカップを配りながら口を開いた。
「奴は自分以外は無能ばかりだと蔑んで見ている。
前線の失敗が続けば、指揮が悪いからだと決めつけ、自分で何とかしようとする。
それに隠し財産の額は、少し割り増しして伝えてもらっている。
虚飾に身をやつす奴にとって、かなりの額になる隠し財産は、喉から手が出るほど欲しいはず。」
ヒュウガはコーヒーを三口ほど啜ると、地図を見つめる三人に声をかける。
「テオ。お前の腕の見せ所だ。
国境線にあるこの洞窟……。」
彼はそう言うと、地図の中央辺りにある洞窟の印を指し示した。
「連中がここに至るまでのルートを想定し、罠を仕掛けろ。
お前の専門知識と経験を総動員させて、身動きを縛り付けるような罠の配置を考えてくれ。」
ヒュウガのその言葉を聞き、テオは真剣な表情で頷いた。
「エルマーはテオの手伝いだ。
仕掛けた罠がどこにあるか、この地図に細大漏らさず書き記せ。
俺が作った地図だ。役人の作った物よりは正確だろうよ。」
「確かに。これなら作戦行動にも使えます。」
エルマーがにこやかに答える。
「では、自分は?」
クリストフが困惑気味に尋ねてきた。
ヒュウガはそんな彼へと顔を向けた。
「鎧は用意してあるな?」
「はい……。
しかし、正規兵の鎧なんか何に使うんです?
雪中で金属の鎧なんて自殺行為ですよ。」
そんなクリストフの言葉を聞き、ヒュウガが微笑みながら答えた。
「お前さんには広告塔になってもらう。
『マウルの間者が森から忍び込んでいる。それを迎え撃つからしばらくの間は森に入るな。』ってなことをその鎧を着て、村々に触れ回るんだ。
村長、狩人のギルド、他には広場に人を集めて直接村人に伝えてくれ。
専門家の罠も張ってあると言やぁ誰も森にゃ近付かんだろう。」
「解りました。では早速。」
ヒュウガの意を酌んだクリストフは、鎧を入れた荷を解き始めた。
テオはエルマーと共に罠を張るポイントを打ち合わせている。
再びコーヒーを静かに啜るヒュウガへ、フローレンスが問いかけてきた。
「何故その洞窟を選んだの?」
ヒュウガは、テオたちが地図上を指し示す指を目で追いながら、彼女の言葉に返答する。
「あの洞窟に入るには、一本道の山道を抜けなきゃならねぇ。
んで、山道の入り口には、なかなかおあつらえ向きの狩人小屋があるのさ。
そこに爆薬でも仕掛けときゃ、色々と捗るとも思うがね?」
「そう……。」
フローレンスは地図上にある洞窟の印に目を向けてつぶやくように言った。
「貴方が勝てる目算を立てているなら、それでいい。」